意識が浮上するのを感じる…。

目を閉じたまま、今の状況を確認する。

義肢の手足ともについたまま、破損もなさげである。
生身の手足も大きな怪我等はないようで問題なく動く。
手足は後ろで縛られているが痛めている所はないようだ。

ああ、よかった、まだ戦える。

目を開け眼球運動により辺りを見渡す。

地下牢だろうか、光がない。
目の前には石の壁。
後ろには二つの気配。

見張りか…。

四月一日は口元だけで笑った。
たかが二人だけでこの四月一日を見張ろうなどとよくも考えたものだ。
しかもなんだ、一応武器の類は全て没収されてはいるが一番の武器である義肢がそのままではないか。
戦場にて捕虜になればこの義肢は最初に壊される。
強制労働させる捕虜収容所では破壊はされないにしても逃げられない程度には傷付けられる。

それがどうした、ここでは義肢は愚か、体さえも無傷もいいところだ。
少し眠ったことで疲れもある程度癒されている。
ここの人間の甘さに脱帽。
脱帽してから思った。
捕虜の扱いに慣れていないのか、と。
なる程、そう言えば巨人だかなんだかメルヘンチックな生物が人間を捕食しているんだったな。
そうだ、あのちっこいオッサンが言っていたではないか。
壁がどうのこうの、と。
もしかしたらヒトと戦争をしていないのかもしれない。
人間というのはいくら憎み合っていても種の生存のためなれば手を取り合う生き物である。
人間と戦争をしていないのならば戦場においての捕虜の正しい扱い方も知らなくて当然である。

と、四月一日は寝起きの頭をフル稼働させて今の状況を飲み込もうとした。
そして最大の問題に辿り着いた。

…ここは、どこなんだ。 

世界最先端の通信機器も機能しない。
オッサンたちが使用していた見たこともない装置。
國津神とは鍛え方の違う軍馬。
どんな辺境の地の子供だって見れば恐怖する國津神の軍服を知らない人間たち。
そしてなにより、巨人の存在。

知らないことが多すぎる。

壁を睨んだままそんな事を考えていると後ろでコツコツと足音がした。
見張り達が敬礼する音が聞こえ、地位の高い人間だと思われる奴が声をかけてきた。

「目はさめているかな?」

誰だったか、確かエル…なんとかだ。
七三分けの金髪のデカい男。

「寝てるぜ。爆睡だってんだ。」

「起きているじゃないか、えーと、すまない、名前が分からないんだ。」

「名前なら自分から名乗りな。オッサン」

「確かにそうだね。私はエルヴィン・スミスだ。」

「…エルヴィンってぇと血筋はドルチェリア系か?」

「…どこだいそれ、」

「…オレ様達は腹をかっ捌いてお話する必要がありそうだなぁ、スミス。」

手足を縛られていてもさほど苦労せず起き上がり、エルヴィンの方を向いて続けた。

「オレ様は四月一日 椿。
ファーストネームは椿だ。だが四月一日と呼べ。」

よそよそしくな。
とニヤリと口をゆがめて付け足した。

その笑みに控えていた見張りがジリリと後ずさった。

「ワタヌキ…か。よし分かった。
ではワタヌキ、単刀直入に言うが君はこれから審議に掛けられる。」

「へぇ、異端審問かい?」

捕虜が掛けられる審議といえば異端審問がまず上がる。
捕虜の地位が高く、交換条件が提示できる場合はわりと大事に扱われるのだが四月一日は毎回異端審問に掛けられる立場にある。

「異端審問とは?」

やっぱりわからねぇか、と四月一日は簡単に説明してやった。

「死刑確定の拷問裁判だ。
オレ様は二回掛けられたことがあんだぜ。」

「死刑確定であるのに君は二回掛けられてしかも死んでいない。
どういうことなかな?」

「いっつも死ぬ直前、つまり一番盛り上がってる時に空気読まずに水差してくる変態がいるんだよ。」

四月一日は月夜を思い浮かべながらそう言った。

「死刑は確定でも拷問裁判でもないが君の在り方について審議がならせる。
すべてのことに正直に答えて欲しい。」 

拷問がないだと、と内心ビビっている四月一日はそれを悟られないように分かった、と嘘を吐いた。
拷問には人より慣れているつもりである。
それこそ大方の自白剤は四月一日には意味をなさない。

何をされても情報は一漏れも許さない。

その四月一日にとって拷問がない審議など性器の無い月夜のようなものだ。

やべぇ、途中寝るかも。
いや、寝るって絶対寝る。

最早その心配しかなかった。




真っ直ぐすめ、跪け。

その通りにすればあれよあれよとと言う間に拷問には不向きなウンコ座りの体制にされた。

四月一日は左膝が悪い。
それは右膝が義足故に無理な力がかかるためである。
ウンコ座りはよろしくない。

「さぁ、始めようか。」

「オレ様は膝が悪い。
この姿勢だと長くは耐えられない。」

いつもの審議なれば鼻で笑われて寧ろ左膝に蹴りが入れられる。
しかし此処は違った。

「…ほぅ、そんなに悪くは見えないが。 」

「オレ様の右足は義足だ。
故に左膝が悪い。
真面目に審議したいなら椅子を所望する。」

義足、ということばに辺りがざわついた。
なぜなら四月一日のそれは本物の足と変わらない形と動きをしているからである。
そして太股までのブーツがその機械部分を隠しているからという理由もある。

「…誰か、ワタヌキ君に椅子を」

やったね。これで心置きなく寝れるぜ。

「サンキュー。」

暫くは冗談も憎まれ口も封印である。
真面目に審議され、真面目に衣食住に加え情報を確保することが先決である。

「よっしゃ、何でも聞いてくれ。」

国家機密以外ならなんでも答えてやる。

その決意とともに審議が始まり30分。

「で、ワタヌキ君…ワタヌキ君!」

「クカァー」

四月一日は爆睡していた。

「…起こしたまえ。」

裁判長を勤めるダリス・ザックレー総督はこの30分に何度目かのセリフを口にした。
リヴァイが眉間に深い渓谷を築きながら足を振り上げた。

ドゴ。

という鈍い音に会場の人間はまたか、と眉間をおさえた。

「やっべ、また寝てた?
ごめんごめん。で、なんだっけ。
オレ様の素姓だっけ?」

「そうだ、今君は國津神と天津神の簡単な成り立ちについて話し、両国に化け物が一匹ずつ住んでいてその片割れの部下であり、さらに君が属する國津神には四人のインペラトールなる、国を司る人物が存在し、君がその一人の配下でもあるということを話していたのだ。
続きを話したまえ。」

「おぉ、そんな事まで話したっけ、やべぇ、途中記憶飛んでるわ。
えーと、続き?あ、そんでオレ様その國津神のインペラトールの一人の坂本大将の実績作るためにどっかの国の内乱止めにいったわけ。
でも、滅茶苦茶運悪くてさ、なんかステルス機っぽいのにズドーンってされてそっから気ぃついたら草原に倒れてたわけ。
んで、巨人サンと会ってグチャグチャやってたら、森まで来てたんでそこで一晩。」

「実に擬音語が多いのだがまぁ大方の粗筋はつかんだ。
君の言うことが本当ならばそれは実に興味深い。
確かに君のような、…その…審議中でも盛大に眠るようなそんな人種はこの壁の中には存在しない。
そして君の装備する兵器や義肢なども壁の中には存在しない。
以上のことをふまえ、意見のあるものはおるか?
…ワタヌキ君起きたまえ、ワタヌキ君。………リヴァイ兵長、起こしたまえ」

ドゴ。

「すまーん、また寝てた。
で、オレ様どうなるって?」

「…今から決めるのだ、君の生死が関わっているのだぞ、起きていたまえ。」

夢に落ちる寸前、四月一日の頭の中では、やっぱりここ、しらねぇとこだ。という結論に至っていた。




何時の間に巨人はコメディになっちまったんだ。



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