ふわりと意識が浮上する。
目を開けると久しぶりの自宅の天井。
年の離れた妹と二人きりにしては広すぎる家は静かな、、
「待つでござるぁぁぁ!!!政宗殿!
某の玉子焼きを返すでござる!!」
「HA!!やなこった。てめぇの不注意だろ諦めな」
そういえば居候が増えたんだったな、と真清はぼんやりと考え、そしてベットから起き上がった。
今日も今日とて纏うのは軍服だ。
◆
「もう!幸村さんも政宗さんもお静かに!!
近所の人に迷惑!」
綾芽は増えた居候の分も朝御飯をせっせと作りながら子供を叱る母親のような事を年上の武将に投げつける。
近所の人と言っても、泣く子も黙る天津神帝国軍人たる真清の家にお宅ちょっとうるさくてよ、なんて言えたものではない。
国民にとって軍人とは恐怖と畏怖の対象なのである。
キシリと階段が鳴く声を聞いた佐助は人知れず緊張した。
九町真清と言う女を未だに警戒しているからである。
未だといっても、まだ二日目の朝であるからして仕方ない事なのかもしれない。
「朝から賑やかなことで」
「おはよう姉さん」
リビングのドアを開けて現れたのは相も変わらず感情の乏しい九町真清その人だった。
真っ白な軍服に今日は日本刀がない。
「おはようございまする真清殿!」
「Good morning!!」
「おはよう諸君。全く元気だな。
今日はこれから君たちの日用品を買いに行く。
そしてこの国のことについてお教えしておくことにする。」
此処は少し複雑な国なのだ、と付け加えながら真清は食卓についた。
食卓につき、真清が箸をとったすぐあと、九町家の家の前に黒塗りの車が1台停まったのを佐助は感じた。
(その黒い鉄の塊が車と呼ばれる移動手段であることは知らなかったが、、)
「猿飛よ、心配要らない。敵じゃない」
無意識にクナイを握りしめていた佐助にだけ聞こえるように真清は囁くと、折角持ち直した箸を置き、椅子の背にかけた真っ白なジャケットに腕を通す。
「真清殿、卵焼きは食されぬのですか?」
「どうやら、食べる時間がないようだから君にやろう」
「真で御座いまするか!有り難き幸せ!」
幸村に自分の卵焼きの所有権を引き継ぎ、ジャケットの金色のボタンを留めている時、インターホンが鳴り響いた。
「彩芽、浅原だ。通して」
「ハーイ」
浅原という新しい登場人物に佐助を初め、皆少なからず警戒の意図を示した。
「早朝より失礼致します。少佐。」
「おはよう大尉。私は今日非番な予定だったんだがそうでもないようだな」
「申し訳ございません。しかし初茜将軍の勅令を承っております。」
「拝令しよう」
「"敵殲滅ノ意ヲ表スル"とのことであります。」
"敵殲滅の意を表する"それは、つまり、敵を皆殺せと、分かりやすくいうとそういうことである。
「確かに拝命した。浅原詳細を教えろ。」
浅原は、仰々しく手にもった、天津神の刻印の押された分厚い上等そうな和紙をこれまた上等そうな漆の箱に仕舞い終わったあと、タブレットを取りだし、真清に手渡した。
「先日から火種を燻らせていたやからが動き出したようです。」
「なんだ、レジスタンスか。」
武将達を見るでもなく、情報を隠すでもなく、淡々と"仕事"へ行く準備を重ねる。
「抑止力として殲滅か。
閣下のお考えになりそうなことだ。
面倒な前線はいつも私じゃないか。」
一通り、情報を読み終えた時には浅原以外に数名、真清の部下らしい人間が真清と同じ真っ白な軍服を纏って九町家の回りを陣取っていた。
「彩芽、約束は守れそうにない、代わりに篠田を寄越す。
奴に頼りなさい。」
「わかった。」
またまた知らぬ名前が飛びだした。
しかもこの調子だと、自分達も関わる事になりそうだと、武将達は回りを伺う。
ここで言葉を発するのは危険すぎるといつもならば怒鳴る叫ぶ暴れる脅すと、マンガの主人公並に目立つ彼らも黙って行く末を見守っていた。
なんせ、自分達を養っている女の他に軍人がこれだけ揃っているのだ。
昨晩の話だとどこまで自分達の安全が保証されるのかわかったものではない。
「ああ、そうだ、彼らは新しく雇った彩芽の世話係だ。
よろしくしてやってくれ。」
さらりとこちらを見ることもなく武将たちを適当に紹介した瞬間、浅原が武将にむかい、敬礼しながら事務的な自己紹介を初めた。
「天津神国国軍大尉九町少佐付き補佐官浅原永吉であります。」
昨晩気がついたらここにいた彼らは着替える服もなくカラフルな鎧を取り去っただけのいかにも奇妙ないでだちをしている。
その奇妙な武将に疑問の眼差しを向けるでもなく、浅原はまた目線を真清へと戻した。
徹底的に訓練された犬のようなそんな印象を受けた。
「では、仕事に行くとするか」
浅原が現れてから、今までの間で彩芽は朝食を食べ終え、真清は軍服の着装を整え、日本刀を手にしていた。
「ねえさんいってらっしゃい」
「ああ」
そうして流れるような動作でこちらを振り向き、
「彩芽を頼んだ」
そう言い残し、出ていった。
外では車の音がして、回りに陣取っていた真清の部下らしき者たちの気配も消えた。
「なんだ、、今の」
「早くご飯食べるです!
今日はお買い物行くですよ!」
姉の見送りから帰った彩芽は、真清が起きてきた時のままの武将達を見て急かす。
なんといっても今日は彼らの日用品を買い集めなければならないからだ。
「彩芽、今のはどういう状況だ」
「今日お休みの予定だった姉さんが、将軍様の命令で休み返上で働きに行きました」
「真清殿は、如何様な地位の方なのでござりまするか?
先ほどの部下らしき方々のお話からして若くして指揮を取られておるのですか?」
「んー、、、よくわかんない。
若くしてっていうなら幸村さんたちも若くして将軍だし、そんなに不思議なことじゃないよ!
たぶん、」
ほどなくして、篠田という若い男が九町家を訪れた。
真清の部下だというその男はここにきてから随分見慣れてしまった純白の軍服に身を包み、腰にはサーベルを下げていた。
「久しぶりだね彩芽ちゃん。」
「おひさしぶりです。篠田さん」
篠田は彩芽と慣れたように挨拶を交わすと、武将達に向き直り困ったように眉を下げながら言葉を紡いだ。
「あー、、洋服がないって聞いたので、一応持ってきました。
その服では目立ちますからとりあえず着替えてみたらどうですかね」
あ、ぼく篠田樹(しのだ いつき)です
と付け足しのような自己紹介をしながら持っていた紙袋から服を取り出した。
「思ってたより大柄だなぁお兄さん達。ぼくの服はいりますかねぇ」
「篠田さんに頼んで皆さんの服を一旦お願いしたのです。
さすがの彩芽もサイズが分からないので」
「こ、これはかたじけない篠田殿」
「やだなぁ、殿なんて。
ぼくは役職もない駒使いですからどうぞ、篠田とお呼びください」
さぁ、着替えてみてください。
と、促されるまま篠田の匂いのする服を数着持たされた。