ふと、気配を感じた。
途端に身体中の毛が立つようなゾワリとした感覚が一同の中を駆け抜けた。
今まで少しずつ、穏やかな雰囲気になりつつあったリビングに緊張がはしる。
「……っ!?」
綾芽以外の全員が反射的に扉の方に抜刀し、戦闘態勢をとった。
「どうしたの?」
綾芽が尋ねる。
「やばい奴が此方に向かってきやがる。」
「童!さがっていろ!」
「綾芽ちゃん!俺様達の後ろにおいで!」
綾芽がなんのことか理解するまえに佐助に腕を引かれその背に隠された時、ガチャリとドアがあいた。
微かに血の臭いが充満する。
やはり玄人か、といつでも斬りかかれるようにと足に力を込めた。
「きやがった!」
「あ、姉さんだ」
「は?なんだと!?」
ねえさーんと玄関へ駆けていく綾芽のあとをおそるおそるついていくと、そこには真っ白な生地の軍服でその足先までを覆った人間が立っていた。
左手には日本刀が握られておりその柄には親指がかかっていた。
平和な世界なんだと先程教えられたが目の前の奴を見るからにあまりそうは見えない。
「おかえりなさい姉さん。お勤めご苦労様です。」
「……ただいま」
声を聞くに若い女のようだった。
「綾芽、タオルとってきて。
廊下が汚れてしまう」
はーい、と先程説明を受けた洗面所まで走る綾芽の後ろで女が、、いや、綾芽の姉が膝まである編み上げのブーツを脱ぎにかかる。
彼女が動く度に血と弾薬の臭いが舞う。
やはり血は乾いていない。
つい先ほど人を斬ってきた、もしくは斬るところに立ち会いでもしてきたらしい。
武将に無防備そうに背中を向けているがその姿に油断や隙は見られない。
やはり手練れかと佐助は背中にクナイを握り直した。
「姉さん、タオル」
「ん」
布巾を受け取った彼女は既にブーツとその下の靴下を脱いでおり、裸足の足を拭きながら玄関を上がってきた。
そして武将陣を無視し奥の脱衣所に進もうとした。
「ところで綾芽。」
「なに?」
「お前の客か?」
無視したわけではないようだ。
「あ、えと、あとでお話するよ」
「そう、」
そっけない返事が肯定であったらしく、そのままなにも言わずスタスタと脱衣所に向かった。
パタンと扉が閉まり、やっとの事で力が抜けた。
緊張の糸が解れたのだ。
「なに!あの女!!」
「Hey綾芽!ほんとにお前のsisterなのかよ」
「うん!すっごくつよくてカッコいいの!」
◆
シャワーを頭から浴びると血と土と汗が溶けて排水溝に流れていくようだ。
あの男たちは誰だろう。
明らかに堅気の人間では無さそうだが、私が誰だか分かっているような素振りもなかった。
まぁ、綾芽と私に害をなすのであれば切り捨てるのみだと考え付いて、シャワーのコックを閉め、外へ出た。
私服も基本的に軍服である。
いつでも出動できるように、ということともうひとつはあまり服に関心がないためである。
白い詰め襟のシャツに白いズボンを履く。
ハイウエストなズボンにコルセットのようなこれまたハイウエストなベルトを巻く。
これは防弾ベルトのようなもので、多少の攻撃からは守ってくれる。
居間にいるであろう男たちへの最低限の防御である。
◆
一方居間では緊張した面持ちの武将四人と姉の帰還を喜ぶ綾芽とがいた。
綾芽に姉の素性を聞いたのだが「軍人で凄く強い」という情報以外はつかめなかった。
ガチャリと居間のドアがあき、先程の赤い斑点のある白づくめの時よりかは幾分柔らかい印象になった綾芽の姉がいた。
真っ白なカッターシャツに白いコルセットのようなベルトを巻いているため、必然的に胸が強調されている。
幸村が大声で破廉恥と叫ぶまえ前に佐助が口を押さえた。
大声で叫んだことが彼女の気に触ったら殺されるかもしれないと、謎の恐怖を抱いたためである。
右左へとゆっくり部屋の中を鋭い眼光で見渡し、そして食卓へついた。
「綾芽、」
「、、この人たちは違う世界から来た武将さんたちで、行くところがなくて困ってるからうちにいてもらおっかなーって、、もちろん、姉さん次第なんだけど」
自分が襲われたことなどを伏せる辺りに感謝するしかないが、そこまでストレートに異世界などと口にしてこの堅物そうな姉君は納得してくださるのだろうか、という四人の予想を斜め上の答えが遮った。
「……まぁ、いいよ」
案外あっさりと肯定の意を示したことに武将陣は幾分か驚いた。
しかしその目と次に続く言葉で全て納得した。
「紹介が遅れた。
九町家の家主、九町真清だ。
職業は軍人。
丁度この家に用心棒でも雇おうか考えていたところだ。
君たちが大人しくしてくれると約束するのであればいてもらってもかまわない。
約束できなければ今すぐに叩き斬る」
その冷ややかな視線は平和な世の中に住んでいるとは思えない、獰猛な戦士の目だった。
「、、いい目してやがるぜ」
「政宗さま、この者は危険でございます」
小十郎がそう呟き刀に手をかけるのをおろさせて政宗が言った。
「Hey garl?お前誰に向かって口を聞いてやがる。
俺は向こうじゃ知らねぇ奴は居ねぇ、天下を取るために日々命を削る本物の武将、独眼竜だぜ?」
「ほう、」
脅しにも似た凄みのある言葉を受けてなお、真清は変わらず、落ち着き払って言葉を放った。
「君たちがどれ程の実力をもった人間かは知らないが所詮はこの小さな列島を支配せんとする井の中の蛙だ。
この全世界を支配せしめんとする我が軍の国力を嘗めてもらっては困る。
仮に私が君たちに力及ばず敗北したとしよう。
残念ながら私は中間管理職だ。君たちが恐れるべきは私個人の力ではない。
私の後ろには全世界を支配せしめた軍隊とそれを束ねる世界で最も恐れられる人間兵器がいる。
回りくどい言い方で申し訳ない。
つまり君達は私の脅威ではない。」
夕食を摘まみながら話をする真清は本当に武将達を大した驚異とはみていないらしい。
「姉さんはいくとこがないならここにいれば?って言ってるの。
ちょっと言葉が足りないの」
いままで黙っていた綾芽がふと口を開いた。
だいぶ言葉が足りないような気がすると4人の武将は思った。
「誠にありがたきお言葉でござる。
しかしなぜ我らによくしてくださるのでござるか?」
幸村の一言に少しだけ眉をあげ、真清はつづけた。
「私は昔から人を見る目は悪くない。
それに特別よくしているわけではないよ。
先程言ったが、ここに用心棒を雇おうか考えていたところだ。
平和な世の中とはいえ、いろいろあるからな。
住み込み用心棒だ。どうだね?」
真っ直ぐな瞳がまず幸村を、そして次に政宗を射抜いた。
そんなことよりも、真清は先の脅しのような言葉で誠に、"君達行くところないならここにいなよ"的なことを言っていたつもりだったのかと驚いてしまう。
「……Ok!! 試すような事言って悪かったな。
独眼竜伊達政宗。
雇われてやるぜ。小十郎つきでな。」
「政宗様がおっしゃるならば俺は異論ございません。
……真清殿。俺は片倉小十郎影綱だ。世話になる」
「そ!某達もお世話になるでござる!真田幸村にござりす!
腕には自信がありますゆえ用心棒なればお役に立てまする!!」
三成の挑発のような脅しのような発言をさらりと無視し、ずざぁっと床に手をついた体勢のままの幸村のその少し後ろにいる佐助に目をやり、そして一言、
「そこの緑のはあまり納得していないようだ。
どうする?」
「俺様も、旦那が了解するなら意はない。猿飛佐助。
あまり信用もできてないけどよろしくね。」
「まぁ。未だに小刀を構えるところをみればよく分かる。
必需品は明日揃えに行く。では解散。」
その夜は真清の一声によりそのまま解散となり、面々は与えられた部屋へと引き返していった。