005

本編

5 /6
「全く、ご迷惑をお掛け致しまして。」

「いやぁ。いいってことじゃーん。
で?あいつ何か言ってた?」

「僕には戦場が似合わないと仰っておいででした。」

「えー、似合ってるよねぇ。失礼な。」

「どちらかというと似合っていないと思います。」

月夜の腹心の部下とも言うべき何とも顔の良い男。
名を濃霧 林檎(のうむ りんご)と言う。
後頭部で月の簪で一つに纏めている 濃紺の長い髪がその持ち主の不機嫌さを現すようにフサリと揺れる。
大きな瞳に白い肌柔和な顔立ちをしたその男。
男と言うには些か可憐なその容姿を月夜はいたく気に入っているのだ。

「まぁ何はともあれ、かわいい副官の顔に一生傷が残らずに終わってよかったよかった。」

見初めたときから暫く女と思っていて、補佐官兼愛人にしようと引き抜いたが、実は男だったというオチなのがこの濃霧という男だ。

「…そうですね。」

自身のお気に入りが拉致監禁されていると知った月夜は航空艦隊を率いて天津神の陣取る湖北省は赤壁山の向こう側へ乗り込んで行ったのだ。
宿敵との戦いとは言えども内乱の延長にある今回の戦は月夜からしてみればそれほど真剣に指揮を執る程のものでもなく、退屈していたのだ。
よい肩慣らしだと笑っていたことに関しては箝口令をしくとしよう。
艦隊を率いてきたというのに部下を放って基地まで単身乗り込んでみればなんと自身の想像以上に痛ましい姿になった可愛い可愛いりんごちゃんが地面に伏せっているではないか。
その姿に若干たぎりつつも部下の奪還に見事成功したのである。
(濃霧の初茜から受けた傷の殆どは最先端治療によって完治しており、その美しい顔に生傷が残ることは無かった。)

そもそも初茜属する天津神と月夜属する國津神との抗争は既に記録を見る限り百五十年の年月を戦っている。
名高い彼の聖人邪無夢瀧瑠狗(ジャンヌダルク)も吃驚だ。
嘗て一つの島国であった両国が二つの派閥に別れ争いを始めた時には既に人間兵器の開発が本格化していた。
人間兵器、其れ即ち、人の皮を被った化け物と揶揄される。
細胞レベルから改造された人間兵器は自我を持った兵器である。
天津神、國津神両国とも人間兵器の開発に成功はしたものの、その自我に問題ありと診断されている。
天津神に属する初茜朱楽は、非人道的行為に最高の快感を覚えるサイコパス。
國津神に属する月夜零弍は、責任能力皆無の精神異常者。
この兵器達は戦果は上げるが、何分自分勝手な性格なもので、人間兵器としてポストについて以来、横暴な政を続けている。
天津神に至っては既に初茜が覇権を握っている。民に重税を強いたり、独裁するのではなく、生殺し状態で飼い慣らされるのだ。国民の殆どは初茜の横暴に気がついてない。
つまり初茜は隠れ独裁者である。
かたや月夜は、政に一切の関心を持たない。
それよりかは、色欲への堕落と快楽の追求に忙しい。
つまり月夜は駄目人間である。
何にしてもよくも厄介な物を作ってくれたなと後の人々は語る。

彼等をヒトとするかモノとするかは議論の分かれるところである。

人間兵器は二人だけであるが、半不老となった人間は多々ありである。
年をとるスピードが遅くなった者達である。
國津神でいうところの一握りの将校以上、所謂国を統治する人間である。
また天津神にはその様な人間は存在しない。
何故ならば、我等が初茜閣下により、一掃されたからである。
つまるところ天津神は実質初茜の支配下にある。
初茜の独裁者たる所以である。

「りんごちゃん、お腹空いたよ」

ところで濃霧は、回復したといえど捕虜帰りの疲心の身である。
そんな濃霧の体を叱咤激励する如くに月夜は濃霧を酷使する。
月夜のお気に入りの濃霧の容(かんばせ)に傷が付いていることに憤りは見せたものの、それもすぐに自らの欲求という名の所謂我が儘に飲み込まれてしまったのだ。
それは単に、治療で後が残らなかったから良いものの。そうでなければ、再度全面戦争勃発の危機である。
俺の大事な林檎ちゃんのお顔によくも傷付けたな。この悪逆非道の似非天使め。国民に本性バレてしまえ。とこういうことになる。
それほどまでに、月夜は濃霧を気に入っている。

「はいはい、只今。」

月夜のお気に入りポイントとしては、もう一つ。
濃霧は実に良く出来た男、否、良妻である。
掃除洗濯裁縫料理、と家事は得意分野であるからしくて、月夜の堕落しきった生活には無くてはならない人材なのである。

とうの濃霧からしてみれば、たまったもんじゃない、僕は男だ、と文句の一つでも言いたい気分である。



top content