003

本編

3 /6 人の体は約60兆個の細胞で構成され、その一つ一つが常に分裂するマイトーシス(細胞分裂)で生命活動を維持している。
細胞には寿命があり分裂出来なければ死滅する。
また必要以上の分裂はガン細胞を生む。
人体の細胞はアポトーシスで毎日約300億個の細胞が死んでいる。
これは細胞衰弱による死ではなく、遺伝子に書き込まれたプログラムに従い役目を終えた細胞から死んでいくのだ。
つまり生命の遺伝子には細胞分裂を無限に繰り返すプログラムがインプットされているがアポトーシスにより破壊してしまうため人は永遠の肉体を得ることは理論上出来ない。
しかしとある人類の叡智である成分の接種によりマイトーシス作業を常に並行して行うことで細胞分裂によるあらたな細胞を追加し続ける事が可能である。
これにより生物兵器は永遠の若さと強さを手に入れ、自己再生のスピードを促す。
しかし人類史上この力を手に入れたのはただ二人。

その成功例の一つ、初茜朱楽は何十年変わらぬ蒼空を見上げながらふと思う。

蒼い空に白い雲、そして血の染み込んだ赤黒い大地に薬莢や爆薬の香り。
今日はなんと良い戦争日和なのだろうか。

容姿は端麗。
淡青の髪に瞳。
低い身長は俗に少年と呼ばれる低身長にあたる。
白い軍服に身を包む様はさながら天使かどこか御伽の国の王子様のようでもある。
通称天津神の天使。
天使というがしかし、些か人間性というものが皆無である。
その見た目にそぐわず、彼の中を取り巻く感情は暗く深い加虐精神。
通称ドS。
というか精神科医に言わせるならばサイコパスである。

因みに初茜は美しい自分と戦闘にしか興味の矛先は向かない。
それはナルシストなのではなく、本当に自分以外の生き物に興味がないのだ。(それを世の中では質の悪いナルシストと呼ぶ。)
いや、どんなものにも例外が存在するのを忘れていた。
初茜自身が(興味はないが)生物として忘れてはならない者が自分以外にもう一人居ることを忘れていた。
もう一つの生物兵器月夜零弍である。
青年の姿のまま成長が止まってしまったかのように若々しいその肉体は確認されているだけでも80年はそのままである。
性格は、初茜がひねくれまがっているのに対し、月夜は真っ直ぐ邪道の方へ直立している。
まともな王道には掠りもしていない。
今初茜の目の前で気味悪く笑いながら刀を振るうコレが通称死に神だの変態だのと呼ばれる生き物なのだが、これがまたおかしな程に非人間的である。

自らの容姿を隠すように施された化粧。
深紅のルージュが人目を引く。
すらりとした長身で長い黒髪を後ろに流している。
不思議なことにその髪は赤黒く光沢する。
初茜と対照的に黒く長い國津神の軍服を律儀にキッチリと着こなし、動きにくそうなソレとは思えないほど軽やかに動く。
だが、すべての動作がどこか違和感を覚える。
例えるならば不良あふれる公立の高校に迷い込んだ貴族の一人娘の真似をした変態のような、そんな違和感。
よくわからないだろうから具体的に説明しよう。
指先までの動きが全て考えられているかのように行われるのだ。
小指の先の動きまで。
歩き方一つとっても独特な歩き方をする。
尻を振りながら指パッチンする生き物を見たのならそれは恐らく月夜で間違いない。
仕草も何故かエロキモい。
通称変態、または歩く卑猥物。
こちらも精神科医に鑑定されるとサイコパス予備軍

ここでサイコパスについて記しておくならば、 サイコパスとは社会の捕食者(プレデター)である。

極端な冷酷さ、無慈悲、エゴイズム、感情の 欠如、結果至上主義が主な特徴で、良心や他人に対する思いやりに全く欠けており、罪悪感も後悔の念もなく、社会の規範を犯し、人の期待を裏切り、自分勝手に欲しいものを取り、好きなように振る舞う。
精神病と位置付けられていた時期もあったが現在ではその大部分は殺人を犯す凶悪犯ではなく、身近にひそむ異常人格者である。
そのため、現在では精神異常という位置づけではなく、パーソナリティ障害とされている。
この二人の場合は単に近所に住む異常人格者と片づけることは難しいのであるが…。
そんな月夜と初茜はかれこれ何十年もの間犬猿の仲を保ってきたのだ。
会えば饒舌に罵り合い、元気に斬り合う。
とても80越えとは思えないほどの元気なご老体である。

「元気そうでなによりさ」

「いやいや。この時期は節々が痛くて。
昨日も可愛い子たちとオタノシミしちゃってさ。」

「相変わらずお盛んだね。
ほんとに理解できないや。」

体格に似合わず非常に強い力で刃を振るう初茜の一撃に月夜の刀身が半ばほどからポキリと弾かれる。
月夜は一歩で大きく後ろに下がると惜しみもなく刀を投げ捨てる。
初茜をにやにやと見つめたまま月夜は古典調の豪奢な装飾の施された鞘から新たに刀を引き抜く。

「ストックは一本だけ?足りるの?」

「足りなきゃ退却かもね。 
でもこれ、なかなか折れないと思うよ。」

「…なるほど、」

遠く離れた月夜の手にある日本刀に初茜は確かに見覚えがあった。

「独立戦争の骨董品かい。」

「まぁね。”落ちてた”のを拾ったわけぇ」

”独立戦争”。
それはかつて高天原という一つの島国だったそこが、初茜の属する天津神と月夜の属する國津神という二国に別れた戦争のことである。
それは今から80年以上前の出来事であり、二人の出会った場所でもある。
そして全てが始まった場所であり時間。
全ての根元だ。
当時は急速に武器の進化が進んだ。
レーザー銃や原子破壊、遺伝子操作による生物兵器、ウイルス兵器、無人殺人ロボット(ステルスキラー)、電気ナイフの類もろもろが実用化された時代である。
その武器進化時代の産物である刃を特殊な粒子によってコーティングするように改良した刀を月夜が所持していたのだ。
なんとも滑稽なことに、それは戦時中、初茜が所持していたのだ。
どこかで”無くした”と思っていたら、こいつが持っていたのか、と心の中で笑う。

「”名器”なるものは時代が一回りしたころにポロリと出てくるものだと聴いていたけれど、まさか本当だったなんてね。
……皮肉な物だ。
天地変動とまで言われた独立戦争の時分にはソレは小生の手にあったというのに…。
今では君の手の中とはね。
意外性を帯びた滑稽さがあるようだ。」

「武器にも流行なるものがあるからなぁ。
その時代の戦争に合った武器が流行るもんだ。
新作(ニューモデル)はでるが、過去の”流行”はなくなりはしない。
お前も気がついてるはずだぜ。
今(現代)に廻ってきた流行(武器)をな。」

どんなに規模の大きい武器も爆薬も、かならず防ぐ術がある。
生物兵器が量産されようとする現代において、彼等の直接攻撃こそがこの時代に合った戦法になりつつある。

つまり何百年も昔に産み出された”過去の流行”が、(主には浸透戦術、肉弾戦術等、所謂エルンスト・ユンガーやオスカー・フォン・フーチェル等の行ってきた流行___)80年前の独立戦争以来この時代の流行となってきているのだ。 

初茜はニヤリと嗤ったあと大袈裟な手振りで右手を額に当て、溜息をつき、持っていた刀身の細長い刀をポイと投げ捨て、腰に控えていたストック(替え)の鞘を抜いた。

「なんてことだろう、実は小生もこんな物を持っていたんだったよ。

…天変地異(独立戦争)のあとに”拾って”ね。」

それは漆黒の刀身をしたシンプルな刀。
今度は月夜の目が見開かれる番だった。

「そりゃぁ、…あの戦争のときにどっか行ったと思ってた俺の刀か。
なるほど、なるほど、俺たちは互いに互いの元相棒を”交換”し合っていたわけだ。
なんだこれ、トモダチみてぇ。気持ち悪」

「君とトモダチなんて薄ら寒いよ。
蟻地獄に堕ちて無様に死んだ方がましだ。
まぁ、でもそういう事みたいだね。
君のことはこの世のどんな穢いものよりも嫌いだけど武器に落ち度はないしね。
今まで大切に保管、保護、そして改良を加えていたかいがあったというものだ。」

「てめぇ、ドチビ。人様のもんこそこそ盗んでさらに弄くり回してんじゃねぇよ。
ちったぁ遠慮しろ、遠慮」

「こそこそなんて心外だなぁ。
しっかりきっちりばっちり堂々と”頂いた”んだよ。君と一緒にしないでおくれ。それに前々から良い刀だと思っていたんだ。
それに君だって人様の刀をさも自分の物のように扱っているじゃないか。その点は同じ事さ。」

互いに互いの愛刀を盗み合っていたことが発覚したところで、さぁ、戦争を始めようか。


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