蛙の子とお迎えの話



「オイコラバカ娘なぁに帰ってきてんだおかえりご飯は肉じゃがです」

「頑張って本音隠してよ お互い様だけどさ」



急に電話なしに荷物まとめて帰ってきただけに強くは言えない。外面の使い分け方を失敗しているお母様に謝りながら家に入る。一応書置きしたし大丈夫、かな。
お母様も昔は中々にブイブイ言わせていた口らしく、それでもお父さんのお父さん、まぁお爺ちゃんに会うときに全部フルチェンジしたらしい。この二人がラブラブしすぎて家に居づらくて外で散歩してたら張遼と知り合い道を踏み外してしまったわけだが。



「お父さんは?」

「残業! 何が早く帰るーだ」


お玉の柄で肩をペシペシ叩きながら出迎えてくれたお母さんについて行って、盛り付けとか手伝おうと寄れば「いいから座ってなさい」と追っ払われた。
懐かしいお茶碗と箸が鎮座している。あ、酒ビン。相変わらずだなぁ
ででんと置かれた大皿料理。副菜とかはない。



「いただきます」

「イ、イタダキマス」

「で、何があった」

「...えっと、デスネ...その」

「まぁとりあえず飲めよ」

「いや、今は」

「.........」



目を見開いて固まるお母様。立ち上がって冷蔵庫から麦茶のペットボトルを出してきた。



「孕んだか」

「言い方変えろやクソが」

「子供からクソババァって言われたら子育て成功なんだとよ。よかったなクソガキ」

「......ごめんなさい」

「いいよ、で? あのイケメンの旦那は?」

「......遅くなるって」

「残業って本当うぜぇよな」

「全くです」



一口放り込んでご飯をかっ込む。食欲が微妙なところだが食べるべき、なのか?



「そんだけ食用あるんならつわりも軽そうだな。みかんの缶詰でも買ってきてやろうか」

「うわ美味しそうなのを」





んじゃいってくきますね! と外面全開で出ていったお母様。途端に静かになる家、あれ、本末転倒。
寝ちゃおうかな。運が良ければ起こしてくれる。悪かったら頑張って3時くらいに起きて家戻ろう。




頑張って起こしてね携帯アラーム。

















「おい」

「...うぅ、へ、おかーさん...?」



ぐらぐら揺らされて目が覚める。お帰りなさいみかんください





「残念だが、義母殿ではない」





何度も聞いた重低音で一気に醒める頭。あ、れ...?



「ぶんそ、く...!?」



スーツ姿のままの文則がそこにいた。書置き見てすぐにこっちに来たのかネクタイもジャケットも付けたまま。
起き上がれば襲ってくる怠さ、ぐらついて文則に寄り掛かる。湿ったスーツに抱きしめられて、雨の中来てくれたのだと考え付いた。



「肝が冷えた」

「...ごめん」

「心配するなと書かれてはいたがな、いつ帰ってくるかくらいは書け」

「うん、」

「嫌になったか」

「っ、そ、んなんじゃない...違うよ、違うくて...
えっと、えっとね、その、文則...えっと...」



何でだ、言いたいことが口から出てこない。まとまらない。そんな体たらくで泣こうとする自分が嫌になる。
そんな私の頭を、文則の手が撫でた。




「お前の言葉ならいつでも聞こう。だから落ち着け」




「その、ね...っあ、赤ちゃんが、その、できたかも知れなくて、びっくりして、ごはん焦がすし洗濯物濡らすし、もう色々分かんなくなって、実家、帰っちゃ...って...ゴメン...っ」



流れた涙はスーツに吸い込まれていった。無言。しばらくして動き出す文則。




「あか、ちゃ...?」

「検査薬、買ってやったから、まだ分かんない、けど...・たぶん」

「そう、か...」



ふーーーーと長く抜かれる息。すんすんと未だ泣き止めないわたしを抱きしめたままの体勢も、少々恥ずかしくなってきた。



「ぶんそ、く...?」

「辛い思いをさせたか」

「...大泣きさせたいのかな文則は」

「構わん、お前の泣き場所となれるなら本望だ」



本当に泣くよという声は、頬を舐めた文則の舌で潰された。







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お母さんは外の車の中でみかん食ってます。

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