晩酌中の旦那との話

「うへへへへー天国天国」

「男の膝枕が嬉しいのか...コップを持ったまま寝転がるな。行儀が悪い」

「はぁい」




コトリとコップを置いて、視線を気にする文則を見上げる。嗜む程度の文則と悪酔いはしないタイプの私では酒のスピードはほぼ変わらない。だからこそこの週に1、2回の晩酌は密かな楽しみでもある。いつもは米びつや醤油ビンのさらに奥にしまってある酒ビンを取り出して、何をするでもなくただ酒と肴をつつくだけの時間。たまぁにポツポツしゃべっては、並んでソファに座る相方に素面ではできないことをする。今日も普段なら恥ずかしさが優ってできない膝枕を半ば強制で実行してみた。まぁ、確かに筋肉質で硬くはあるが温かいしたまに降る文則の手という追加サービスまであるわけだから文句なしだ。



「そういえばさ、あの、今日会った髭の人と髭の人何方さん?」

「言い方を改めよ...髪が長いほうが曹操殿、眼帯を付けているほうが夏候惇殿だ。一番上とその次、と言えば分かるか」

「わかるわかる。あ、役職名は言わないでね、会長と社長としーおーつーの違いすら分からないから私」

「......わざとか」

「ん? 何が?」




頭を片手で押さえ始める文則。あれ、酔った? 大丈夫かな。




「だいじょーぶ?」



手を伸ばして額に触ってみる。んー、自分の手の温度も高めだからどうなのか分からないな。熱の確認が不可能と悟って、寄った皺を指でつついたり前髪をさらさらと遊んだりしていたら、パシリと捕まえられる手。



「止せ」

「......え、あ、はい」



起き上がってコップに手を伸ばす。なん、だったんだろ、さっきのは。既視感があるような、不思議な雰囲気を纏っている文則、キンキンに冷えたお酒が喉を通る瞬間に発火して、胃のほうへ落ちていく。ふうと息をついた瞬間、既視感の正体に気づいて二口目を口に注ごうとする手を止めた。ああ、なるほど。一人納得してコップを置いて、文則の肩に寄りかかりながら、膝の上に投げ出された文則の腕と自分のを絡めてみる。



「止せと、言った。3度目はない」




一言ずつに込められる力が重い。口が悪いのが私の悪癖なら我慢しすぎなのが文則の悪癖だ。



「文則、大好き」



大好き、好きだよ。貴方のそのお堅いところとか、眉間に寄りまくった皺とか、我慢しようとして固く握ってる大きくてかさついた温かい手も、なんとか落ち着かせようとして吐く息も、悪戯半分に口づけた赤いほっぺたも。
全部好きでね、どうやって伝えればいいのかわからないから、仕方なーく笑って告白する。文則に愛されてる今の私はとても幸せなんだよーと意味を込めて。




「酔っぱらいの妄言と、切り捨てることはできぬ」

「それほど酔ってないよ、全部思ってるから言ってるんだよ...まぁ少しだけお酒の力使ってますけど」

「昨日の今日だ」

「触った瞬間キレられる挙句離れられたりするよりかはましかな」




それにさ、





「我慢して我慢して、普通なら1回で処断だった堅物機械人間さんが3回も待ってくれてるのにさ、それで何もしないってのはずるくない?」




腕を離して、至近距離まで近づいて、首筋に顔をうずめてみる。高速で鳴る心臓の音が可笑しくて笑っていれば、息が詰まるくらいにきつく回される腕。




「『あなたになら何をされてもいいの』...ってねー」

「後悔しても遅いぞ」

「うん、大丈夫、文則だから」



にへらと笑えば寄せられる唇。答えるように自分からも近づければ1度触れるだけのキス。






――――そこらの男にくれてやるほど、お前の心と体は安くない。金銭の問題ではないがな―――――







いつだったかの未遂で済んだあの事件の時に、目の前の文則から言われた言葉。あまり棘のない、ただ私を甘やかすだけが目的なんじゃないかと思うような甘い言葉が今も頭の中で鮮明に思い出される。
そんなことを言ってくれた文則だからこそ、私の全部を、余すことなくあげることができるのだと、彼に言ったらどんな反応をするんだろうか。




「...っンぅ、ふ...」



合わさった唇と舌の間から漏れる息と声を、飲み込んでやると言わんばかりに深く重ねられる唇が気持ちいい。



少しだけ震える手を包んでくれる手に指を絡めて、すり寄って隙間を埋めるように抱き着く。



「私とて、お前を愛している」

「...は、恥ずかしいねなんか」

「お前が言い出したのだろう」

「そうでした」

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