旦那の職場の話
「あ、文則文則ー」
「...安全運転」
「ちゃんとしたよ心配性だなぁ...ちょっと抜いたりしたけど」
バイクに凭れながらラインを送ること1分ほど、やってきた文則に渡した書類はどうやら合っていたらしい。中身を確認して短く礼を言う文則にまずは満足とほっと一息、2,3言葉を交わしていれば、天高くそびえ立つビルの出入り口から見知った顔が現れたのが見えた。
「やはり、鈴音であったか」
聞き覚えのある声にカイゼル髭。高校生がなんで髭生えてんのとおちょくったのはなつかしい思い出だ。
「...なんで君がいるかなぁ張遼」
「此処の社員だ。相変わらずのスピード狂で何より」
「えええ」
コイツと文則が同じ会社の社員て。というかその前に就職できたのか。などという失礼極まりない考えは奥のほうにしまう。
まぁ社員というならしょうがない。ここは文則の嫁としてこう、デキる女性的な雰囲気を出さねば。
「うちの亭主がお世話になっております」
「唐突に吐き気が」
「相っ変わらずだなこの野郎陳宮に言いつけるぞ。それとも貂蝉姐さんがいいか。それとも君が喧嘩する度に泣きながら手当してたあの可愛い子にするか」
「小癪な」
「そういえば結婚したんだってね嫁さんにおめでとうって伝えといて」
昔包帯片手に泣きべそかいてた友人を思い出してふと笑う。元気かね。今日も腹の上に乗っかられた。あら可愛らしい。
「鈴音」
かけられた短い声に瞬時に委細を把握する。なんでか不機嫌。
「あー...えっとね、これね...昔の、あれ、お仲間」
「正直会っては顔面ばかり狙っておりましたがな」
「互いにね」
「指導室に入る度に頬を腫らしていたのはお前が原因か」
「...于禁殿は?」
「我らが高校の風紀委員長だよ。ほら、検挙率が交番のお巡りさん超えてた人」
「ああ、」
張遼にも覚えはあったらしい。そういえば今大丈夫なのかと聞けば今は休憩時間らしい。ふむ。いい時間に来たものだ。
そういえばご飯は大丈夫なのかと聞こうと口を開いた。その時、
「珍しい顔ぶれだな」
かかった声にいきなり張遼も文則も頭を下げた。何事かとみればダンディなお方が同じくダンディな方を連れてこっちに歩いてくる。いくらか年上の雰囲気を醸し出す人と目が合って、「見ぬ顔だな」と呟いた。
ここで頭の整理。張遼は知らないけど文則はそれなりの地位にいるって聞いたことあるのでこの人はさらに上ってなる。ならば、絶対に、確実に、下手を打ってはならない。ただそれだけ。
震える足で無難に頭を下げながら文則の後ろに下がる。OK? 選択間違ってない? とか様々な意味を込めた視線を送れば、昔面接練習に散々付き合ってくれた時の目で見てくれた。落ち着けとでも言いたいらしい。
「失礼いたしました。ええと、」
あ、ダメだなんて言えばいいのか分からんわ。妻です?聞いてないってな。通りすがりです。なら話す必要ないよね。
「妻です」
さらっと、文則が放った言葉は案外すんなりと頷かれた。それで良かったんだ。駄目じゃないか私。頑張らないとなぁ。
目の前の方の視線が注がれるライダージャケット。あれ、なんかやったっけ。
「ほう、先の不二子はお主であったか」
え、不二子って、何が? 首をかしげる私に張遼が「バイクのことであろう」と呟く。あ、峰か。え、まさか抜いちゃった? 途中で見た高そうな黒い車の持ち主?
「あそこまで上手くないですよ。下手の横好きというやつです」
「高2で白バイおちょくっていたのは幻覚であっ」
「急に貂蝉姐さんとお話ししたくなってきたなぁ」
調度いいお前を話のネタにしてやろう。嫌味を内包してニヤリと笑えば。む、としかめられる顔。
このままいてももう時間の無駄にしかならないだろうなと考えて、ヘルメットに手を伸ばした。
「そろそろ帰るね、じゃあ頑張ってらっしゃい
皆様もお忙しいところ失礼いたしました」
「ああ、すまない」
「ん、じゃ!」
ヘルメットを被ってバイクに跨る。頭を押さえる文則が見えたけどいつものことだしなぁ。
地を軽く蹴ってスピードが何時もの数値を叩き出したところで先ほどの場面を思い出す。
そういえば、さっきの偉い人の前の文則は昔の、先生相手に話す顔とは違ってた気がする。
いい職場に巡り合えたというやつだろうと思い至って自然と漏れる鼻歌。
今日は文則の好きなものにしようと、がら空きの高速でスピードを上げた。
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青春アミーゴが似合いそうな呂布軍3トップとそれに会うたびにケンカ売って売られてた若かりし頃の主さん。悪事はしなかったということだけに関してはいい子だったんです。麻薬ダメ絶対! タバコとか肺真っ黒になるらしいしやらないよ! ただ喧嘩は大安売りするし金額のおかしいオークションもするよ!って人たち。
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