「痛い」
だろーな、と無感情で呟いたら、目の前で突っ伏したなまえは眉をひん曲げて「ひどいなぁ」なんて呟いた。全身誰の血かすら分からないほど真っ赤っ赤になってるのに、よくもまぁまともな言葉が吐けるもんだ。
「ごめん、しくじった」
悔しそうに、呟いて握りこぶしを作るなまえの横に座って、頭を撫でる。女らしいことをしろと呂蒙さんに言われてそれなりにキレーにしていた髪の毛には石やら砂利やらが引っかかって残念なコトになってた。
伏兵の役を買って出たなまえの部隊が壊滅状態、なんてふざけた伝令を聞いたすぐに走ったらこれだよ、笑えないっての
なまえは女のくせに戦場の一番前で突っ走るような奴だった。「何で」とか聞いたことが何度かある。そのたびにはぐらかされて、諦めて一緒に戦うようになってからも結構長い。
スイスイ危ないとこ突っ走っては、「コケた」だの「一番乗り!」だの言いながら帰ってくるのが普通だったんだ。なのに何だよそのざま。
「うで、とー、あし、おなかも、かなー......さされちゃったぁ」
咳き込みながら、どうでも良い報告をする口をどうにかして塞いでやろうと思った。解ってるっつの、痛いのも、悔しいのも、
これからアンタが死ぬのも
「いやがらせ、してい?」
こほりと咳き込んだ口から垂れる血を適当に拭いて、その言葉に頷くでも同意するでもなくただぼんやり見ていれば、なまえの口が数回動いてから、音を出した。
「わたしは、凌統がすきだったよ」
さっきまでの声が嘘かと思うほど、強い声だった。
「知ってるっての.....」
「.....えー.....、は、ずかしいなぁ........、っ」
「鏡持ってりゃよかった、今の面、女の顔じゃない、ての」
「りょーとーも、ねー.....」
へえ、俺もアンタと同じ顔してんのかい、そりゃなんとも不愉快だね、男前が台無しだっての。いつもは滑り出るはずの言葉が一文字だって出てこない。全部違う声になるから、歯ぁ食いしばるしかない。情けなさすぎる。
「すき、すきだよ、りょーと、あは、お、かしいなぁ、ずっと、ずっと言えなかったのに、言いたかったのに、いま、なって、こんな......っ」
悲しそうな、ボロボロ涙を零すなまえの声に、さっきとは違った悔しさが混じった気がして、ほぼ衝動で覆い被さってなまえの口に噛み付いた。情けない声出されたくなかった、てのが主な理由。
「......っ馬鹿だねぇアンタ、勝手に自己完結すんなっての
俺も、好きだったよ、めちゃくちゃ好きだったよ、てか、今も好きな俺は、これからどうすりゃいい」
嘘だ、呟く口をまた塞いでゆるく抵抗する手を握る。冷たい、細い、小さい。元からなのか昔からなのか、金輪際知ることもできないのがこんなにも惜しいなんて分からなかった。
「りょ、と、おねがい、ぎゅ、て、して......、きず、ひろがってもい、から」
「.......痛くないようには、するよ」
俺は、今ちゃんと笑えてるか。嘲笑に近い息が口から漏れた。傷ついてないならいいけど。支えた体に腕を回して青白い首筋に顔を埋める。血の匂いしかしない。いつもの匂いはどんなのだったか、いつもの色は、いつもの体温は
知らないことが多すぎて嫌になった。