「こ、の.......
文和様の馬鹿ぁああぁぁああぁ!!!」
盛大に叫んだ嫁の声で、賈ク文和はため息を付きながら耳を塞いだ。
涙目でこっちをキッと睨んで、そのまま部屋を出て行こうとするなまえを見送って、賈クはもう一度ため息をつく。
きっかけは何だったか、何が引き金だったか、大体この絶叫を聞くのは稀なことでもないので驚きも、ましてや心配することもない。
「こっちの話を聞いちゃくれんかね」
「やです! 私の話なんてちっとも聞かないくせに!」
手を掴んで目を合わせて口を開けば、膨れた頬のままこっちをまた睨みつけるなまえ。
「アンタのふくれっ面も嫌いじゃないが、どーせならちゃんと物事解決してから旨いもんで膨らしたほうがいいと思わんかね」
「文和様相手に口論しろとおっしゃるのですか! 絶対嫌です!」
まぁ、懸命な判断だと不覚にも頷いてしまった。走って部屋を出て行くなまえと入れ違いで入ってきた郭嘉の口角は下方向。
「なんとも、まぁ、色男も台無しの顔でいらっしゃる」
「亀の甲より年の劫とは言うけれど、貴方の楽観視ぶりがたまに怖い」
いつもと違う会話風景だ。いつもならそう思うのは賈クの仕事なのに
「両方行き違いも撤退も嫌いな質なんでね、そうとなりゃ、交戦(ぶつか)るしかないだろう?」
「賈クほどの知者が無用な争いを避けもしないというのはどうなのかな?」
「まぁ、うまく言葉にするんなら......喧嘩も愛情のうち、かな
おっと、惚気が聞きたいんなら差し向かいで、酒片手に語ろうか」
「......遠慮しておくよ、当てられたくないからね」
見つけたなまえは、庭の東屋で膝を抱えて座っていた。賈クを認めて逃げようとするなまえの名を呼べば、少しだけ足が止まった。
このまま逃してしまえばもっと面倒なことになる。ひらりと踊った手首を捕まえて、座り込んだ足の間に座らせてから、逃げないように抑えた。
「んー、まずは問題の整理から始めようか......アンタはなんで怒ってるのか」
逃げられないと悟って、静かになるなまえの口が少しだけ動いた。首を傾げて聞き返せば、「その、」と一度口ごもる。
「.........文和様が、お忙しいのはわかりますが、帰りが遅い日が何日も続きますとさすがに心配です、突然帰ってきたとおもいきや顔見に来ただけと仕事に出てしまうのは悲しい物がありますし、それなのに話すことといえば浮気してないかとか言いよる男がいないかとかだなんて......」
「今回は俺の完敗、だな」
「勝ち負けではありません!」
「俺達は数が多いからねぇ、嫌が応でもそう考えてしまう」
「...........私は、文和様と喧嘩したくないんです」
「知ってるよ」
潤んだなまえの目の下を、賈クの指がスルリと撫ぜる。
「俺のために怒るアンタが可愛いのが悪い」
「私のせいだとおっしゃるのですか、」
「当たらずしも遠からず。原因としちゃ俺が悪いが起因としちゃアンタが悪い」
「よくわかりません」
「だろうね」と賈クが呟けば、なまえはため息を付いて賈クに背を凭れさせながら自分に巻き付いている腕に手を添えた。
「なら、文和様が努力してくださる、ということでこの喧嘩は終わりでよろしいですか?」
「お、名裁きだねぇ、そうしよう」