感謝祭作品 | ナノ




厚い雲が星も月も隠すような夜。にょっきり生えた大きな木を登って少しだけ開いた細い窓枠に足をかければ、いつものように窓縁近くに置かれた椅子に座った娘がくすりと笑ってこっちに体を向けた。夜着に身を包んだ薄っぺらい体が、闇に慣れた目でぎりぎり、微かに見える。



「ふらふら、また来てしまったよ」

「うふふ、ようこそいらっしゃいました」



体を滑り込ませれば、娘、もといなまえがよろり立ち上がる。数歩近づいて両手を少しだけ広げれば、素直に、誘われるままに、不用心に納まる細い体が少しでも接着する個所を増やそうと擦りついてきた。
上等な生地がかさついた指に一々引っかかって滑っていって、闇と同化するような射干玉も同様に引っかかる。ああ、こりゃ触らん方が良かったかと腕を緩めようとすれば、なまえが切なげな声を出すものだから諦めて、腕は動かさないままでいることにした。



「賈クさま、かくさま.......っ」



愛おし気に呟かれるのは間違いなく自分の名前。はいはいと返事をすればまた呼ばれる。背中に回った手を享受して、せめて柔肌に傷がつかんようにと外してきた少ないながらも防御力と硬度のある装飾を思い出して苦笑。少し体を離して、赤くなっていない、だろう頬を見て安堵。



「俺の言えた義理じゃァないが、アンタは少しくらい危機感ってのを覚えてほしいもんだ」

「賈ク様にそのようなものは抱きません。だって、こんなに、」



寝ていたと錯覚する様な掠れた声が、ころりと転げでる。あーあー、徒労感。未だにしがみ付いて恍惚の声を上げる娘に、さて今日は何をしようかと考えながら、先ほどまでなまえの座っていた椅子に座って、自分の上になまえを座らせる。薄い体に似合わない重さに無意識に顰めてしまったらしい顔は、幸いにもばれなかったようだ。



「賈ク様、賈ク様は、あたたかいですね」

「そうかい」

「はい、あたたかくて、やさしくて、それで、とても」





“ずるいひと”





殆ど吐息だったそれは、ころり落ちる涙と一緒に人の胸に伸し掛かった。誰がずるいだ、全く。だから危機感を持てって、言ったのは今日だけじゃない。くしゃり歪んだ顔で、きつく、改めて回される腕の細いこと。




「それでも、それでも、ね..........私、わたし、




かくさまが..........―――――
















「――――――おや、月が出てきてしまった」







なまえにとって、これ以上ない残酷な言葉だろうと思いながらも放った言葉は、当然のことながら腕の中の娘をひどく傷つけたようだ。月明かりに照らされ見えやすくなったその泣き顔は、諦めがついたと言わんばかりの無表情だった。



「アンタとの逢瀬は誰にも見られたくない、もちろん、月にもね」

「詩的なことばもおっしゃるんですね」

「ああ、じゃあ、詩的ついでに。次の三日月の夜としようか




アンタの言葉の続きは、また今度、そのときにしよう」






その時には、この邪魔な鉄鎖も枷も全部外してあげるから。


忌々しいそれがじゃらりと月明かりに光るのを見るのも、その日が最後だ。