感謝祭作品 | ナノ
「于禁さま、」



仕事も終わり、お茶の入った器を机に置いた時だった。外はもう薄暗くなっていて、夕日の赤が窓から刺すような、そんな時間。蝋燭も切れかけていて、頼りない光がゆらゆらと周りを照らしていた。



「何だ」

「少し、大事なお話があります」



切り出したのは、まぁ別れ話と言うもの。告白したのは私からで、頷いてくださった事が嬉しくて、少し調子に乗りすぎたかもしれないと最近思い始めた。
相談に乗ってくださった甄姫様の教えを胸に口を開く。黙って私の言葉を聞こうとしてくださる于禁様。言葉は単刀直入に、それが傷つけたくない人なら、回りくどい言い方はかえってその人を傷つけてしまうそうだから。




「別れてはいただけませんか」



少しだけ眉間の皺が深くなった。



「理由を聞いても、いいか」



何かを抑えるような声色。ここでもう一つの教え、あんまり乗り気ではない。




「正直に言ってくれ」



「.........
私だけ、思いを寄せているような、気がしたので、みじめになる前にと」



嘘はつかなかった。正直に言えと言われたし、部下でもある立場上、従わないわけにはいかなかったのだ。嘘、少しだけ、嫌味を含んだ言葉だ。
さて、どうなるだろうか。私の女の勘とやらが鋭ければ「そうか」なんて言われて終わりだ。しかしいつまで経っても返ってこない返答に他の流れを思いついた。もう終わっていたのだ。返答する気も起きないほど図星だったか、自尊心を傷つけてしまったか。では怒られる前に立ち去ってしまおう。



「痛いです、于禁様」



手首をつかんだ手は当然のことながら于禁様のものだ。緋色を背にした于禁様の表情はいつもより険しく、少し開いた唇が、殆どかすれた声を出した。
何を言ったのかと問う前に、捕まれた腕がみしりと異様な音を立てる。



「そのような偽り言を、言うな、私が、お前を愛しているのだ、それだけとなってしまっただけだ、」

「そんな、違います!」

「私など飽きたか、それとも、他に好いたものでもできたか、」



詰め寄りながら、眉間に皺を寄せながら、少々跡切れの目立つ言葉を紡いでいく于禁様の、何も持っていない方の手が強く握られて、滴が落ちた。



「う、きん、さま.......血が、」

「もう、手放せるか、手遅れだ、心までと戯言は言わん、だから......」



きつく、抱き込められて、血に濡れた指が私の肩を握りしめるのが見えた。久方ぶりの抱擁に少しの歓喜を、于禁様の口から次々に零れる痛々しい言葉に大きな悲嘆を、それぞれ感じた私にできることは少なかった。



「ごめんなさい、ごめんなさい、于禁様、心などすべて、すべて差し上げます、だから、だから.....っ」



于禁様の体にすがって、じんわりと肩に感じる水の感覚をおぼえながら、自分が何か、仄暗くて深い穴の底のようなところに、ゆっくりと押していくのを感じた。