「む、」
真昼間、魯粛殿のなんとも気の抜けた声がした。
「何?」
「閉じ込められた」
薄暗い書庫の中、書簡探しに休暇全部を使われて、そろそろ文句の500個ほどでも言ってやろうかと思った矢先の事だった。昼飯を取りに行くと言った数秒後、扉の前で入り口を見ながら顎に手をかける魯粛殿。
さっきまで普通に開閉していた扉が? まさか、なんて軽い気持ちで扉に手をかけてみてもガチャガチャと音が鳴るだけで一切開く気配がない。
「だーーーーれーーーーかーーーーーーーー!!!!」
精一杯の大音声で叫んでみるけど足音がしない。ここってそんな人通り少ないっけ、一頻り叫んでも反応がない。どうするか。考えるのは魯粛殿の専門だ。
「助け待ち、だ」
「嘘でしょ.......」
やれやれと肩を落とす魯粛殿が、適当な段差に腰掛ける。倣って私も座り込んで、扉の方をじっと見る。どちらかと言うと、の範囲だが閉まった部屋、と言うのは苦手なのだ。
あれは開くもので、ただ閉まってるだけ.....いや、開くけどあえて開けないだけ、心持ちを変えようと色々考えるけど余計に目が行ってしまう。ああくそ
「睨んでも開かんぞ?」
「........わかってるって」
無意識が一番たちが悪い、何時だかそういったのはお前だろうが。冗談の類で言った言葉なのはわかるけどそれでもイラッとせずに入られなかった。解ってるよそんなこと。
「......ろしゅくの、ばか」
つんと熱くなる目頭が憎たらしくて呟いた。恐くて泣くなんて、子供か私は。膝を抱えてそっぽを向けばなんの言葉も帰ってこない。
「.........................」
「無言とか、やめてくれないかな」
尻目で魯粛殿を見ればこっちを見開いた目で見ていた。意外って言うか、似合わないって言うか、その大体どっちかかなと当たりをつける。
学問がからっきしで、そのかわりと言わんばかりに武器を握ってきた私だ。野宿だの夜戦だのをなんの泣き言無しで経験してきた私がいまさら何を怖がっているというところだ。私もそう思う。
「済まなかったな」
「え」
隣にストンと座った魯粛殿の手が、頭を撫でてくる。停止した頭を一体どう動かせばいいのか、でも右側にある温度がなんとも安心できて、女の子らしくなんてできなくて勢い半分で腕にしがみついた。おもいっきり、痛いんじゃないかと思うくらいに
「........」
また黙ってしまった。怒った、か? こんな女に腕抱かれてイラッてきた? 礼儀わきまえてなかったかな。
「....あ、ご、ごめん、魯粛殿、やだったよね」
恐る恐る腕を外して、膝を抱える。やっぱり魯粛殿の温度のほうがいくらか安心できた。自分の生ぬるい膝抱えたところで少しも、さっきみたいな安心感はない。
「やはり、すぐに出るぞ」
「?」
立ち上がって、扉の近くまで行った魯粛殿。何事かと見る私の耳をつんざく轟音に思わず耳を塞いだ。
「ふぅ、後で直さねばならんか......」
え、と声が漏れた。仕方ないだろう。一気に明るくなった扉があったところに片足を上げてため息をつく魯粛殿がいるのだから。
蹴り倒された扉が少々曲がっている。自分が蹴られたわけではないのに、血の気がスウと引いた感覚がした。
「少々、舞い上がってしまったのは否めんが、いい加減我慢も限界だな、俺も若い若い」
蹴り壊すほど私の行動は嫌だったのかと、別の意味で泣きたくなった。重苦しくなった心臓が、瞬間、目の前に片膝ついてしゃがんだ魯粛殿のせいで別の意味で苦しくなった。
「ああいう、何だ、軽率な行動はするな、誰とも知らん男が勝手に期待せんとも限らん
ま、お前が俺に食われたいなら、いくらでも大歓迎だがな」
ぽかんと、固まった私の頭を数回なでて、魯粛殿は淡々と、目当てだったらしい書簡を持って書庫を出て行った。