郭嘉先輩は手が早いというのは、周知の事実だった。
先輩の同級生とか、こう、先輩とあれこれしたっていうのを自慢してるのを聞いたことあるから、本当のことだろうなって思うけど…….
玉砕覚悟で告白してから3週間、先輩が私に手を出す気配はない。
「あ、あの、郭嘉先輩」
「ん?」
笑顔で首をかしげる先輩の手を持って、放課後デートというものに繰り出したものの、本当に手を出す気配のない先輩。魅力がない? いや、それは分かっているのですが……
「どこか行きたいところはあるだろうか?」
「あ、その、えーっと…….」
「ふふ、思いつくまで適当に歩こう、歩きながら考えるというのも面白そうだ」
先輩は、こうやっていろいろ助けてくれるけれど、私は特に、彼女らしいことを何もできないままでいる。それが何とももどかしくて、たまに頭を抱えて土下座したくなるくらいの罪悪感を抱えてしまうわけで、
「先輩、」
握り拳を作って、先輩を見上げる。言える、言える。
「せ、先輩の家、行ってもいいです、か……..なんて…….」
尻すぼみになってしまった感じが否めないけれど、それでも言えた。通じたかな、とか思って郭嘉先輩を見てみれば、少しいつもとは違う笑顔でこっちを見ながら、
「あまり、そういうことは言ってはいけない、つけあがる狼もいるのだから、ね?」
諭すみたいな、先輩の声に頷きそうになって、一度止まる。ここで引いても、ダメなような、ダメじゃないような。
「つ、けあがったら、だめなんです、わぁ」
傾げた頭に先輩の細い手がぺしりと乗りかかって、そのまま動かなくなった。あれ、笑顔じゃない。
笑顔じゃない郭嘉先輩は雰囲気が違う。乗った手が、するりとほっぺたを撫でた。
「あまり、煽らないでくれないかな」
まさかだ。あの郭嘉先輩が口押さえながら呟いた。ちょっと赤い顔で。
しばらくほっぺたを弄り続けていた手が離れて、いつもの笑顔に戻る郭嘉先輩。
「あなたが求めているものを一応知ってはいるつもりだけれど、私はね、あなたにはこれ以上ないくらいに優しくしたいから、今はダメ」
郭嘉先輩に優しくされる、何とも魅惑的な言葉だけど、その中に私がどうこうする、というのがほぼ一切入ってないのは事実で、
「先輩に、私から何かしたいです」
苦し紛れに、ひねり出すように言った言葉は果たして先輩にどう通じるだろうか。上を見れば、先輩が顔を覆っていた。
「ご両親に連絡はとれるかな」
「へ、」
「まさか、ここまで誘っておいて日帰りができる、なんて思っていたのかな?
普通の恋人らしい方向で優しく、と考えていたけれど、まぁ、私の得意な方で優しくするのも悪くはない、ね?」
先ほどとは打って変わって楽しそうな、それでいてすこし強引に手をつないで歩き出す先輩の後ろを付いて行きながら、果たして私がやったことは正解だったんだろうかなんて、今更なことを考えた。