「.......文則、アンタ今なんつった」
「口調が荒い」
「話変えんじゃねぇよなんつったって聞いてる!」
「自らを棚にあげる気か」
「そういうんじゃねぇよんなこと後でいくらでも説教かましゃ良いだろうが、この、っ堅物野郎が!!」
喧嘩の原因が、途中で思い出せなくなった。
文則の冷めた声を聞いていると自分が全面的に間違っている気がするから嫌だ。これは怒るべきことだ。何だったか覚えてないけど、今の文則は許しちゃいけない。心の中で断言した瞬間、自分じゃない自分が反論してくる。「本当に間違ってる?」「ここでギャーギャー言ったら今度こそ呆れられるんじゃない?」「嫌われたくないなら素直に頷いとこうよ」その他もろもろ、文則とそういう関係になってから、目立つ喧嘩が少なくなってから、ずっとそうだ。嫌われるのが怖くて、変に言葉がぐらついて、余計に子供のような喧嘩口調になってしまう。意味が分からない。
「...........」
黙った文則が、やや間を開けて口を開いた。また、冷たく、短く、何かを言う気だ。身構える。
「おまえらしくない」
ほおう、と、頭の中で反芻した瞬間頭の中の反論が全部吹っ飛んだ。全部「知ったことか」だ。もう、キレていいと全部がオーケーサインを出した。
TKOだかTOPだか、時間とか場所とかのことを考える頭が全部喧嘩の方に行った。体勢が一撃目に備えだす。
「じゃああたしらしく手ぇ出しての喧嘩に変える!?」
一呼吸。少し皺の薄くなった顔で、文則がこっちを見る。
「そっちの方が、らしいだろうな」
何時もの、旦那としての時みたいな、穏やかな声に、ごっそり戦意が削がれた。もういい、何か知らないけど、めんどくさい。だらりと下がった握り拳をゆっくり解いて、文則の方に2歩近づく。
「.........何が、らしくないわけ」
「今更、私に何を遠慮している、今回の暴言、大半が自棄になって言った言葉だろう」
「知らない、」
図星を刺されていじけるのは子供みたいでみっともない。けど、ああ、これ以上にみっともなかった時代をこの人はずっと見ていたんだと思い出して、と言うかさっきもそうなっていたのを思い出して恥ずかしくなる。
負けん気が強くてただただ乱暴で
「今更、かな」
「ああ」
「文則、ごめん」
「こちらこそ、すまなかった」
「えっとね、文則、」
「喧嘩の理由を忘れたのだろう、どうでもいい」
「うわ文則がどうでもいいって言った」
「円滑のためにはある程度の諦めも必要だと聞いた」
「なんか、腑に落ちない」
あ、でもここで突っかかったらまた喧嘩になるか、黙っておこう