「いい加減俺のものになってはくれませんかね」
私の部屋の椅子に逆向きで座ってぼやく法正さんに、私はさて何度同じ言葉を言おうか。
「あのね、女口説く暇があるなら仕事しなさいな」
「今日ばかりは何もするなだの働きすぎだなどと劉備殿直々にお言葉を頂きましてね、なのでこうやって密告者のお世話でもあやかろうと」
「ああ、やっと言ってくださったんだ、よかったよかった」
「悪びれもなしか」
「自業自得、ほらほら休んだ休んだ、完璧な休日なんて早々ないんだから」
「ですから、こうやってめったに話せない貴女を口説きに来てるんですが」
「........ああ言えばこう言う」
「性分ですから」
法正さんは私のことが好きだそうだ。最初こそおばさん相手に何を言うかと初めての告白に飛び跳ねる心臓を殴りながら思っていたが、もう最近は言うことを聞かない子供をしかりつけるような心情になってきた。
良い家に生まれたわけでもない。身分に恵まれているわけでもない。女だてらに剣を持って線上にでる。そんな女が、国の王を支える人とだなんて、御笑い種だ。
「あのね、こんな年だし、いい加減いい人の1人でもとは思ってはいるけど、ね? 法正さんは身分不相応ってやつだよ、身分でつけあがった女なんて千年の恋も冷めるってもんさ」
「貴女はしないでしょう」
「どうかな、女の幸せを知らない女なんて、つけあがりやすそうだとは思わない?」
だから、身分相応の人にでも売りつけるよ。そう言って笑えば、法正さんは何とも苦々しげな顔をする。
「ずいぶんとお安いようで」
「安いよ、だから、止めときなさい」
行き遅れの女に色恋を教えてくれたお礼だ。曲がりくねった分かりにくい断り文句は言わない。さっぱり別れて思い出にさせてしまった方が、きっと法正さんのためだ。
「では聞きますが、」
「何」
「自分のほしいものが安値で売られていたらどうします」
「え、そりゃ買うさ.........って、んあ?」
しまった変な声出た。椅子から立ち上がってこっちに近づいてくる法正さんはさっきまでのようなふてくされた顔はしていない。仕事の時の顔。分かりやすく言えば何時だったかの呉軍との戦いで、自分の練った策が完全にうまく行った時のような顔だ。
半歩ほどの距離に詰められて、法正さんの指が着物の合わせ目の上、鎖骨の中心当たりを突く。
「ほしいと言ったら、くれるんですか?」
「あ、あげないよ! そんなに安くないからね!」
「言っている言葉があやふやですが」
「あっ」
上にひん曲がった口角が近づく。頬に当たる法正さんの手に、ぞくりと悪寒が走って、目の前の法正さんの肩を押しのけようとする。その前に、
「どうやら俺は餓鬼らしいからな、餓鬼らしく屁理屈でも並べてお前を手にするとしよう」
あれ、私はいつ法正さんを子供扱いしていると言っただろうか。