感謝祭作品 | ナノ
「特に、理由はないのだが明日、その、食事に行かないか!」



そう、一応恋人同士、という関係の公休から茹蛸のような顔で言われたのは昨日の事だ。何故かちゃんとした服でという指定付。数日前に机に突っ伏していた私の指にガタガタと震える手で巻き尺巻いてたのは関係あるのかと思いもしたが、多分無粋なのだろう。考えるのは止めよう。




ベタが好き、というわけではないが、何かとあれは常套手段と言うか、メジャーなことをよくする。誕生日にバラの花束だとかはもちろんの事、荷物を持ってくれたり(半ば強奪のようになっているのはいつもの事)雨の時の傘は私の方に傾けたり(傾けすぎて最後にはびしょ濡れになってしまう)、デートの時には「髪を切ったか」と聞いてくることもよくある。因みに切ってないときも言う。その異常なまでの空回りっぷりが愛おしいといえばそれまでだけど。










次の日になって、念入りの化粧をした。聞かれても笑って「うん」と言えるように髪の毛も少しだけ切って、元姫には「疲れない?」なんて聞かれてしまったわけだがそんなの馴れたものだ。



待ち合わせのところに行くと、完全武装と言わんばかりな黒スーツを時折引っ張ってはズレを気にする公休が立っていて、やたらと浮いていた。高校生の女の子に指さしで笑われている。それを一切気にせず、というか気にする暇もないのか必死に深呼吸をしている公休。これで何もないただの食事であると思う方が無理だ。




(お、落ち着け私)




私にできるのはただ、落ち着いて、「理由はないが」という言葉に騙されてあげることぐらいだ。緊張してはいけない、にやけてもいけない、嬉しさに緩む涙腺をなんとか絞めて、公休の所へ歩く。



「ごめん、待った?」

「い、いや、ちょうど今き、来たところでな!」



王道のセリフ。因みに私は公休がここ1時間ほど一歩も動かずに待ち合わせ場所に立っていたことを知っている。もちろん私が遅刻した訳じゃない。




「い、行くぞ」

「.......うん」




深呼吸の煩い公休についていって、到着したのはまさかの有名な高級レストラン。しかも個室。ここまでベタか。案内された席からはビル群が一望できた。夜になればさぞ夜景の綺麗なことだろう。







「......っなまえ!」

「は、い.....っ」




並んだ料理も食べ終わって残るはデザートのみ、と言う所。来た。テーブルクロスで隠した手をぎゅっと握る。終始茹蛸だった公休の赤面が私にもうつってしまった。どもる回数はいつもより多い。でも視線はまっすぐに私を見るものだから、私も逸らせなくなって見開かれた公休を見返すしかできない。



大きく、息を吸う公休がテーブルに手をついて体を乗り出す。



「一生を、いや、すべてをかけてもいい! っそなたを一生愛すると誓う! .....だから、わ、私と、夫婦になってはくれないか!!!!?」




突きだされた小さな箱がみっともなくガタガタと震えている。欠点を上げるとすれば箱の蝶番がこっちを向いていることだろうか。それに気づいた公休が慌てて箱を持ちなおそうとする。指がもたついて、箱がぽろんと手からすり抜ける。




「......っないす、きゃっち」



あと少しで床、と言う所で何とか私が取った。脱力するように座る公休が頭を抱える。



「あー、もう、公休」

「すまん、なまえ、私はとんだ......っ」

「馬鹿でせっかちで頭の固いマニュアル人間」

「返す言葉もない......」



だろうね。箱から思っていた通りの物を取り出して、はめてみる。あ、一回り小さいぞこれ。



「そう言うとこも好きだから、いいよ」

「な、泣くな!」

「うわー、もー......泣いてるのかぁ......っ」





床に座り込んで、歪む口を手で押さえる。目の前で片膝をつく公休の手が少々強めに涙をぬぐう。




「よろしく、お願いします」




そう、笑って言って見せれば、同じように公休まで泣くものだから、薬指にはまらないエンゲージリングを握って、公休に思い切り抱き着いてやった。