感謝祭作品 | ナノ
にこり、なまえが笑った。





平和な日が続く心地よい日差しの降り注ぐ日。庭に面した渡り廊下のちょうど中間あたり、見慣れた黒髪が風にゆらりと動くのが、視界の隅に見えたので自然に視界の真中に持っていく。どうやら何か話をしているらしい。話し相手は法正だった。




なまえは趙雲付きの女官である。朝から晩まで、呼べば駆け寄り命じれば快諾し、あちらこちらを駆け回ってはくるくる働く様を、犬か小動物のようだと例えたのは果たして誰だったろうか。そんな彼女が、離している相手が相手ではあるが、自分が腕に抱えているのと同じくらいの量の書簡を抱えながらいつも通りの大きな目を輝かせて話している姿は、忙殺とはかけ離れた穏やかな今を体現しているようで、



何でもない平和な光景に心が緩んだはずだった。腕に抱えた書簡が、少しだけ軽くなるような錯覚を得たはずだった。




「―――――いえ、決してそのようなことは!」

「ほお、では、そういうことにしておきましょう」

「........法軍師、違いますからね?」




ころころと、ほんの短い間でも表情を変えていくなまえがぶすりと頬を膨らませて、それを法正が何時もの質の悪い微笑みを浮かべながら指摘した。




「ん、」




いつのまにか、掌が痛かった。片腕で書簡を抱え直してじくじくとした痛みが走る手を広げてみれば、小さな三日月がくっきりと2つ掌に浮き上がっている。何時握りしめていたのだろう。何時力を込めたのだろう。首をかしげてから、視線を先ほどの2人に戻した、その瞬間だった。





「っふふ、そうおっしゃってくださるのなら、私もうれしいです」




なまえが、ぱっと花が開く様な表情で、笑った。穏やかに嗤う法正の手が、なまえの髪に伸びた。










「なまえ」

「っ、あ、趙雲様!」



主人を見つけた犬、母に呼ばれた子供。体ごとこちらを向いたなまえの表情はそんなもので、法正が「おや、」と呟いて口角を引き上げるのを視界にも入れず、なまえの腕から書簡を数本引き抜いて、自分の抱える山に乗せた。



「あ、ああ、趙雲様! 持ちます!」

「なまえ、部屋に戻るぞ」

「え、あ、はい! え、?」



後ろでわたわたと動くなまえを自分の方に引き寄せて、その場を去ろうとすればとうとう耐え切れなくなった、といった短い笑い声が聞こえた。




「何かありましたか、」

「.........いえ、何も?」

「とにかく、この者は私のですから」

「まぁ、心に刻んでおきましょう」



嫌な意味で終始笑顔な法正から離れて、未だに混乱するなまえを見て、すんなり落ち着いた頭に手を当てて、ふと思う。






果たして、自分は何を恐れていたのだろう?