「........何よ」
「答えて、主がへそ曲がりの訳を応えるならば」
「じゃ、いい」
手を止めてこっちを見る吉継を睨み返して、口からボロンと出た言葉は少々労りとか、優しさに欠けた冷たさだった。
最近、何の蟠りもなく吉継の家に行くことができなくなって色々たまっているのだ。もちろん吉継が悪いわけでも大谷先生が悪いわけでもない。さっきのは逆切れと言うわけだ。恥ずかしいやら情けないやら。
適当に入れた熱いお茶を啜って、息を吐く。パソコンに向かっている吉継の目がこっちに向くことはない。
「しばらく、さ、ここ来れないから、」
告げられた言葉にガチリと固まる吉継。大谷先生の美しい文章にずらずらと「N」が並んだ。
「我が粗相でもしたか」
「違うわよ、そんなんじゃない、け、ど...........」
言いづらい。まぁ、彼氏に相談する出来事ではあるけれど、仕事上の相棒とか、大先生とか、そういう立場の大谷吉継にこの話をしていいのか、少し迷う。
「つけ、られてるっぽい、ん、のよね」
ぽい、なんて嘘だ。つけられてる。絶対に。他にも盗撮だの無言電話などの、よくあるストーカー被害を受け心身ともに疲労度が振り切れそうなのだ。吉継を見れば、小説の続きが一文字すら浮かんでこないと言わんばかりの、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「主の色香に惑うものが我の他にもおったか」
「何それD専宣言? ちょっと待ってて六法全書持ってくる」
「主は本に、ああマテさすがに首が折れる」
あ* * *
それから数日たって、本格的に足音が聞こえるようになった。ああもう、ぶん殴りたい。でも殴ったら
暴行罪、よくて過剰防衛。からの裁判沙汰、からの仕事不可能。最悪だ。
カツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツ
ザリッザッザガッ、ザッ、リッザッザリッ、ザッザリッザッザリッザッ
「いい加減、殺ろうかしら」
いい加減我慢の限界である。古人も言ってたではないか、「やられる前に殺れ」と歩幅を緩め、少しずつゆっくり後ろの方へ近づいていく。振り向きざまに顎を狙えば行ける。金的は激昂する可能性があるって聞いたことがあるから、確実に一撃必殺を狙わなければ.........
「血気盛んな主に、矮小な我が近づくは危険か?」
「!?」
後ろから聞こえた、というか、足音の主が射程範囲に入った所で聞こえたのはまさかの声だった。掴まれた手が適当に組まれて再び歩き出す速度は遅い。そう言えばさっきの足音は少し不安定だった気がした。何故杖ついてない。
「陰で老人と間違われてはかなわぬゆえ」
「へ」
言った言葉の意味は分からないけれど、絶対辛いでしょこれ。飛びついて支えれば小さく息を吐く音、やっぱり辛いんじゃないか。注意の一つでもしようと口を開けば、その口は思いっきり吉継の肩に押し付けられた。
「ん、んんっ、んーっ!」
少し離れた所で人の動く音がする。離されて、薄暗い蛍光灯に照らされた顔は何とも、悪だくみをした子供みたいな顔をしている。
「っな、な、にっ.........あれに見られてたらどうするつもり.....!?」
「見せつければよかろ、主には他に手のつけられぬ次郎左衛門がおる故諦めろとな」
「八橋ほど美人じゃないけど、」
「我にとっては揚巻よ」
ほんと、こいつ1回殴ってやろうか