「馬岱様、」
「うわっ!!」
背筋を曲げて座る馬岱様を木の下に見つけたのは、草が足の大腿部分まで伸びた草原が、日の光を反射して眩しいくらいに光るお昼のことでした。今日はお休みの日ですし、てっきり馬超様と遠乗りか町か、と思ってはおりましたのでここにいらっしゃる、というのは少々意外でした。大きく広がる木陰の下、いつもなら「どうしたの〜?」なんて言いながらこっちを向くのに、中々顔を向けない馬岱様、さてどうしたことでしょう。
あ、近づくたびに、頭を覆おうとする手の下に見える、髪と同じ色と、濃い緑。
「ど、どうかした?」
「木に登られたのですか? 御髪に葉っぱやら小枝やら、飾りの多いことで」
「あー、鳥のね、子供が落ちてたから.........」
言いづらそうに指を弄り始める馬岱様。一人っ子でしたからよく分かりませんが、弟というのはこのような物なのでしょうか
馬超様といらっしゃるときは頼りになる年上の風格満々ですのに、体ばかり大きくなって、とため息をついたらきっと、「あ、今失礼なこと考えたでしょ」とか、仰るんでしょうから黙っておきます。
「もう、取りますから、頭貸していただけます?」
「わ、いいって、俺とるから、」
「ダメです! 大人しくしていてくださいませ」
「おせっかい焼きだねぇ」
「馬岱様がいつまでもやんちゃなことなさるからです」
くるくると跳ねる馬岱様の御髪。朝にちゃんと梳かして梳いて水で湿らせて大人しくさせたというのに、その努力など最初からなかったと言わんばかりにあちらこちらに跳ねること跳ねること。
何とか、大人しくなってくださった馬岱様の髪の毛に手を乗せた瞬間跳ねる肩。あら、お嫌でしたでしょうか。
「................」
「お1人の時の馬岱様は、時折馬超様のようなことをなさるのですね」
「えぇえ、若はこんなことしないよぉ、しゃがんで、握り拳作って、「飛べ! お前ならできるはずだ!!」とか言って、しばらくして親鳥に襲われるの」
「あら、そうなのですか?」
「昔やってた」
まぁなんて、くすくす笑って、飾りのなくなった御髪を整えるべく櫛を通していきます。引っかかる所は丁寧に解す、つもりではありますが、たまに切った方がいい絡まり方をした髪の毛もありますから、ううん
「...................」
「...................」
2人揃って無言。何というか、少々馬岱様のお機嫌が悪い気がいたします。本当になんとなくですが。あらかた、まぁ、ましな程度と言われるくらいの髪に戻したところで、手を下せば、下がる肩。ううん、緊張させてしまいましたか。これでは休養にもなりませんね。
よいしょと立ち上がれば意外そうにこちらを見る団栗眼と、私の手を掴む大きな、少し土に汚れた手。
「ちょい、どこいくの?」
「えっと、せっかくの休息をお邪魔してしまったようで........ですから、その」
言った瞬間に頭を抱えられる馬岱様。首をかしげて、離してもらえない手に恥ずかしさを感じ始めたころ、言いどもった馬岱様の、少し赤くなった顔が見えて、不覚にも驚いてしまいました。
「俺の自制心が弱っちいだけだから、その、傍にいてくれない?」
自制心、指す言葉の意味は分からないでもありません。まぁ、私とて年頃の娘ですし。それっきり何も仰らなくなってしまった馬岱様に少し笑って、
「もう、仕方ないですねぇ」
なんて、いつもの言葉を言うのです