感謝祭作品 | ナノ
水面に映った自分を見ながら、ぎこちなく笑みを浮かべてみた。ふわふわと柔らかく風に舞う服が何ともくすぐったくて水面を一叩き。少し濁った水が蝋燭の光と私をグニャグニャ揺らした。



魔がさした。なんて言葉が生優しく聞こえるほど、思いっきり、ぶっすりと刺さってしまった「魔」にため息しか出ない。
たまったお金で何か大きな買い物でもしてみようか。そんな考えで街に出た時に目についた綺麗な色の布が変化したのがこの着物だ。それなりに戦功をたてた女のする事じゃない。いや、甄姫様の様な華麗かつ美麗に闘う女性だっているのだがどちらかと言うと私は雄叫びをあげながら突っ込んでいく方の人間だ。今の状態なんて見られたら確実に篭る。
鏡なんてものは私の部屋にはないから、少々廃れた庭の池を代用してみた。満月で明るいし。夜のこんな場所に近づく奴なんか肝試し目当てかなんかだ。まぁ、見回りの奴らには気を付けなきゃいけないけど。






「なにか、言ってくださるかな」



視線を水面に固定したまま。裾を広げてみた。ふと、それなりに好意を寄せている楽進殿の顔が思い浮かんで顔が熱くなる。気になる。絶対見せないけど、見せたくないけど。
あの人に「似合ってる」とか言われたら、それだけで昇天してしまいそうだ。我ながら何とも愚かしい妄想だ。部屋戻って寝よう。
踵を返す。夜色、というか、黒っぽい青一色の視界に、月の光を受けて鮮やかに光る青が見えた。






「あ」

「...............」




楽進殿だ。寸分の狂いもなく、さっき頭の中で思い描いたその人が立って、こっちを見ている。ちょっと待て、今の格好なんか見られたら。





「......れ........です...........」



何か言ってるけど気にしない。もういっそ逃げてしまおう。足を動かした瞬間思いっきり腕を引かれた。



「誰です!!」

「ふぇあ!!?」

「その艶姿を見せに行く方はどなたですか!! 夏侯惇殿ですか! 李典殿ですか!! あなたに相応しい方でないと、私、私は、絶対に認めませんから!!」

「すみませんごめんなさい何のことだかさっぱり!!」

「心に決めた方がいらっしゃるのでしたら言ってくだされば............っいえ、これはただの僻みですね、聞かなかったことにしてください、」



何とも悲しそうな顔をする楽進殿が手を離す。何だ、何なんだ。えっと、と呟いて、とにかく1つだけ分かった誤解を解こうと口を開く。



「誰にも、見せる気なかったのですが」

「え」

「お、女らしくないし、こんなことしても、笑われるだけだろうし、こっそり着て、こっそり見るつもりだったんですけど」



恥ずかしくなって、膝を抱えてしゃがみこむ。どっか行ってくれないかな。



「本当に、誰にも見せない、おつもりだったのですか」


頷く


「その服は、ご自分、で、?」


こくり


「では、その、先ほどの言葉は」


言葉、何の事だ。


「なにか、いってくださるか、という」



そこから聞いてたのか、ますます死にたい



「.....が、くしん、殿が、何か言ってくださる、かなぁ、て、自惚れて、きにしないでくだ、さ.........うぇっ」



引っ掴まれた腕に言葉を最後まで言えなかった。引き上げようと引っ張られる腕に抵抗する。



「何なんですかぁ!! も、見たでしょさっきこれ以上は生き恥です!!」

「嫌です! 隠さないでください!! 全部見せてほしいんです!!」

「絶対、梃子でも動かないからね!」



いいから諦めろと言うつもりだった。すんなり離れた手にお、分かってくれたか、と少し残念に思う気持ちまじりの安心感を得て脱力。




「わかりました、では力ずくで行かせていただきます」



は!? 思った時にはもう早く、明らかに渾身の力を込めたらしい楽進殿の手が腕を引っ張った。つられて立ってしまう体。あ、もうだめだ。




「...................」

「なんか、言ってくださいませんか、ぬぇっ」



いきなり両肩を掴まれた、月明かりでも分かるくらい真っ赤だ。え、なにこれ。



「大変、に、似合ってますっ」




そんなに睨み付けながら言わないでくださいと、心臓に邪魔された声は楽進殿に届かなかった。