▼ 違います。これは恋です
家に帰ってからは、あんまり好きじゃない。誰もいないし、鞄置いて、すぐに家を出て、ケータイの着信履歴を見る。ずらずら並んだお誘い。ありがたいけど、センセーのところに行くようになってから、なんとなく気分に離れなくてお体の付き合いはしてない。
「おーじさーん」
「またアンタか」
「固いこと言わなーいでよー、あ、マリカやろマリカ」
それなりにもらっているはずの給金に合わない家、そんなイメージのぼろアパートの2階に足を進めてノックなしに入る。長めの髪をガシガシ掻きながら招き入れてくれたおじさんが座っていたらしい座布団の隣に座ってゲーム機に電源を入れた。
「もっといいとこ住めばいいのに」
「防音やら立地条件には興味がなくてね、煩い隣人がいなけりゃどこでもいい」
「何処でもいいならいいとこ行けよ」
本当にそう思う。コントローラーを握るおじさんが慣れた手つきでポンポンルールを決めていくのを見ながら、ぼんやり少し大きめのテレビ画面を見る。
台所と寝床が同じ部屋のワンルーム。ちかちかする電気の下で、適当に重ねられたコップに注いだオレンジジュースは即座におじさんに飲み干されてしまった。
「最近遊んでないようで」
「まぁねー、私も真人間になるんだよー」
「嘘こけ、適当な止まり木でも見つけたってところだろ」
「とまりぎ......」
せんせーが、とまりぎ? 飽きたら別の人のところに行って、遊んでもらって.......
「それは、なんか、やだなー」
ぽつんと呟いた言葉は、「ふぅん」とか、そんな薄い反応で終わると思ってた。終わってほしかったのに、
「...........」
「ちょっとおじさんクッパ落ちてるよ、」
落ちてる。どころか逆発進し始めるクッパの映る画面を一切見ようとしないおじさん。何て乱暴な運転。
「.......、は?」
「勿体ないなーもーあと少しでタイムいいとこ行ったのに」
「順位が確定したのでレースを終了しました」なんて文字が出る画面のまま固まるおじさんを見ずに、次のゲームを選択するのを待つ。
「あ、ははぁ、聞き間違いで終わらせる気かい」
意地悪。おじさんは意地悪だ。苦笑いのような、興味津々のような顔で髭を触るおじさんをちらっとだけ見て、頭を下げる。
「終わらせようよ、私だって、知りたくなかった、のにさぁ」
サラッと出て来た本音を、おじさんは見逃さないから、叩くように撫でる手を上から押えて、うなる。
「う、うーーー........っ」
「あーくそ、面倒な女だなアンタ」
「....、......っ、ぅ........!」
本格的な泣き声になるまでに、声を押えた。
離れたくなくて、嫌われたくなくて、傍にいたくて、言葉をかけてほしくて、困ったな、やだなぁ、
だってそれってまるで
あのきらきらした女の子みたいじゃないか
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