アリカ さいど
付き合ってからこの6年。私は未だにサッチに名前で呼ばれたことがない。
カモメがぱーと空を飛ぶ爽やかな光景の下、脳裏に響く声に思わず浮かんだ笑みが、少し曇るのが自分でも分かった。
サッチは私を「姉ちゃん」と呼ぶ。乗船直後は「アリカ」と呼んでいたのになぁと、まだ若かりし頃のサッチを思い出して、また笑う。
どうして姉呼びを続けるのかは分からないが、それが何かのためになっているのなら止めさせるつもりはないし、海賊としてのサッチが好きな者として束縛やら命令やらはしたくない。あいつの好きにしてやりたいと思う。
弟として接する気なら姉として返すべきなのだろうし、ここで女々しい真似をするのはまったくもって私らしくない。
が、一度でもいいから恋人という立場の私の名を呼んでほしいと思う私は相当乙女というやつなのだろう。二つ名“破壊神”が聞いてあきれる。でも、仕方がないじゃないか。好きなんだ。一途に私を思ってくれていた所も、優しい手も、甘えたな声も。
「あ、姉貴じゃねぇか」
「ん、ああハルタか。釣れているかな?」
向かい側からバケツを持ったハルタが歩いてきて、完全桃色の夢想から離れる。12番隊は現在釣りをしているはずだ。
「小っちぇえのが大半、一部がキレて海に飛び込んで貝取りに行ってる」
「......8番隊に話しつけてナミュールに手伝ってもらおう.........んで8番隊が担当の甲板掃除......そうだな、14番隊は今は確か図書館掃除だったか」
「どーせエロ本読み漁ってるだろうから借り出して来れば?」
「困った弟達で......そのバケツはどうした?」
「マルコが拾ってきた子に」
聡いなぁ......
おそらく遠目から見たマルコの反応と表情で事の次第を読み取ったのだろう。まぁステファンの事例の時ハルタは近くにいたし、既視感を覚えるのも仕方ないか。
「サッチに刺身かすり身にでもしてもらうか.....骨とか危ないだろうし」
「姉貴もってく?」
「.....持って、く.....」
「くひひっ はい、どーぞお姉ちゃん!」
「どうも、できた弟をもってお姉ちゃんは幸せ者さ」
「ここにいたかサッチ」
「おー姉ちゃん、飯の算段なら何とか持たしてみせるから大丈夫よ?」
冷凍室。部屋1つを丸ごと冷凍庫に作り替えたその部屋の真ん中でファインダー片手に頭をかくサッチに近寄る。長いこと入り続けていたのか羽織っただけの上着はキンキンに冷え切っていた。
「わかった。コック長様に無理するなと伝えておいてくれ」
「はいはい、コック長様サッチが承りました」
短いやり取りをして、例のバケツを渡してワケを話せば快く応じるサッチ。家族が増えるかもしれないと顔を見合わせて笑っていると、いつの間にか冷え切った体がブルリと震えた。
「悪ィ姉ちゃん話しすぎた。ほれ、これ着とけ」
「いいよ、すぐ出るし.......わぶっ」
サッチの大きな上着が顔に被さって、着る気はないとの意思表示か腕を組むサッチにため息をつきながら腕を通す。女性としては背の高い方な私でもサッチの体躯は比にならないので当然ブカブカ。残るサッチの体温に何とも言えぬ安心感を抱きながら礼を言えば「いいってことよ!」と明るい声と笑顔が返ってきた
「......ひきしっ」
「あぁほら言わんこっちゃない、着ろ。もう温まったから」
「さっきのはサッチ隊長イケメーンってナースの方々の黄色い噂のせいだからダイジョーブ」
はぐらかして再びファインダーに目を落とすサッチ。
「そんなイケメンなサッチ隊長に風邪ひかれちゃ私が困るんでな、せめて背中くらい温めさせろ」
なるべく上着を広げてサッチの背中に抱き着けば小さくサッチのうめく声がして、
君に完敗
「コウサンデス オソトデマス ウワギキマス」
「ならよし」
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無自覚にスキンシップが多いお姉さまとスキンシップに悩むサッチ
姉呼びされるから弟扱いするしかないお姉さまといろんな物の安全牌として姉呼びするさっち。どっちも悪い