アリカ さいど




弟が体を半分変化した状態で帰ってきた。半分と言っても鳥の上半身に人間の足がニョッキリ生えているということではなく、腕のみに青い炎を灯した状態だということだ。相変わらず綺麗な炎だが、今日は一体どうしたのか。

いつもなら船上10mあたりから人型に戻って着地するのに今回はすれすれまで羽を生やしての着地。ふわり、カツンと靴のヒールが木の床を撫でるように叩く。紙飛行機が落ちる瞬間に似ている。
すぐに羽をしまって船内へ行こうとするマルコを呼び止めた。オイコラ待て何処に行く。




「何かあったのか?」

「い、いや、なんも」






.........なにか、よそよそしい。
「家族に嘘はつくな」と言う親父様の言葉を馬鹿正直に守り続けたせい、と言えば聞こえは悪いが、マルコは嘘だの誤魔化しだのがやたら苦手な性分だ。ゆえに隠し方はこの20年変わっていない。眉間に寄った皺を深くして目を伏せ、横を見るのだ。因みにこれで当の本人はどうにかごまかせていると思っているのだから可愛い。もう撫で回してやりたい




もそり




だらしなく伸びたズボンのポケットが、動いた。
目ざとく見つけてじっと見れば、あわてて必死に押さえるマルコ。これからどうやって言い訳するのか見ものだとみていれば、諦めたのかポケットから手を離す。ひょこりと出てきたのは汚れのひどい子猫で、手を伸ばせばびくりと一度引っ込んで、またそろりと顔を出してにゃーと一鳴した。警戒心が強いのか。さっきの連絡にあった火事の生き残り、と考えたほうが妥当だろうか。それでほっとけなくて、隠れて飼おうとこそこそしていた。と。


なんだか、マルコがまだ若々しいころにステファン拾ってきた時と同じじゃないか。






「あまり腹へりの子達には見せないこと。きちんと洗ってやること。面倒は?」



「じ、自分で見るよい!」





あぁ、デジャヴ











*    *    *








マルコ さいど






どう見てもこの痩せっぽち食おうとは思わねぇだろ.........
ひょいとタイルの上に乗せたぼろ雑巾擬きをみて、心底思う。




「しみるだろうが我慢しろい」



備え付けの簡素なシャワー室に座り込んで、シャワーの温度を確認する。ステファンの風呂で洗うのになれちゃいるが、びくついてこっちをガン見する姿は完全に叱られるのが怖いガキにしか見えねぇ。早い話が、手ぇ出しづれぇ



「おら、目ぇ瞑れよい」



言って分かるかと思ったが眉間あたりに皺が寄るほど目をきつく閉じて動かない猫。ゆっくりぬるま湯をかけてやればくぐもった鳴き声を漏らしながら頭を垂れる。泥と灰の混じった汚水がだらだらと排水溝に流れていった。血の塊が所々ついてるらしく、指に少し長い毛が絡まる。ああ、勿体ねェ

なるたけ傷に響かねぇようにと用心しながらその作業を続けていれば、灰色と白の毛が汚れの下から出てきた。ああ、これが地毛か。




「靴下猫、かよい」

「にあ」



足の先が白い靴下猫.......の八割れ猫。額から伸びる白い線が顔で開いて下の胸あたりで閉じている。お湯をパシャパシャやってる尻尾の先は2つに分かれていた。



「ちっとは見れるようになってきたよい」



最初のぼろ布よりかは大分いい。あらかた完全に汚れを落とし切ったのを確認してタオルで包んでやれば、かすれた小さな声で鳴きながら、かくんと頭を下げた。お辞儀みてぇだなぁ。



「んな丁寧にしねぇでもいいよい、」






ありがとうありがとう






俺もお前も、この日を絶対に忘れない


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