「ありゃどういうこった」



甲板のど真ん中で繰り広げられる打ち合いながらの尋問は、先ほどから10発、30発と続いている。ビスタは何も言わずに縁に凭れて状況を見ている。周りの、カティアや他の船員たちの声もあまり届いていないらしい。アーシェも何事かと聞く前に弾丸を撃ち込まれたものだから、何かやらかしたかと聞くよりも先にまずはこの打ち合いから何とか生き残るという使命に勢力をそそぐことを決めた。




弾丸が掠めて頬を焼く。爪にヒビが入って折れたのをすぐさま修復させて弾を避ける。それを続けていればどんどんと指先が痛み出すのを感じた。



何で、怒っているのか、とか、正直アーシェはなんでもよかった。怒られたのなら、静まるまでされるがままになればいい。静まるまで、落ち着くまで、気の済むまで。少なくともアーシェには、すべての爪が折れて砕けても受け流し続けられる自信があった。







(まだ、やれる)






爪を構えて、銃口の向きから次にどこに着弾するかを考える。飛び跳ねてよけようとした、瞬間。






銃口が確実に自分に向けられたのを見た。









「........っなぁにやってんだい馬鹿が」



打たれたと思い目を閉じる。唐突に自分を包む何か。香ってくるのは、自分のすべてと決めた男の匂いで、人より幾分か鋭敏な鼻を鉄の匂いが刺した。





「......ま、るこ......さ......」




空に溶け込むような、鮮やかな青。自分を包むのが炎だと気付くのに少しの時間を要した。燃えている。炎特有の音がする。なのに、彼からはもはや心の傷と成り下がってしまったあの匂いがしない。




「なん、なに、が......マルコ、さん......?」

「ちっと待ってろ
カティア、思いっきり言ってやれ」



「いややわぁ、気づいてはったん、なんや、言わんつもりやったんに......






........なに何の説明もせんと妹怪我さしよんのやこの唐変木!!! さっきから見とればイライライライラアーシェちゃんにぶつけるだけでなんも言わへんわ癇癪なら他で起こせ言うとんや阿呆!! 何ぼけっとしくさりよんねんそれでも大の大人かそこ座らんかい!! ビスタ様もや何関係ないみたいな顔ぶら下げとんねんいい年した大人が年下の面倒も見いひんのかすーわーれ言うとん聞こえへんの!!!? 大っ体こっちらが何言うても聞かへんちゅうのはどういう了見やねん隊長はん言うてもこの船ん中の人やったら家族なんやろうがせやったら兄弟の声くらいちゃんと聞け言うとんのやけどウチの言うとること間違うとりますか!!? 間違うとったらいくらでも土下座できるけどどないやねんアァ!!? さっきからアーシェちゃんの反応見ずに訳の分からん事べらくちゃ喋っとったんが今黙るんかいなんか言え言うとんのやこのアホンダラァ!!!」





「お、ねえさん」

「アーシェ、とっとと手ぇ出せよい........あれは気にすんな」




アーシェが困惑しながらも血だらけの手を出すのを、マルコはしかめっ面を隠しもせずに包んだ。
爪は10枚のうち7枚が潰れたように割れて血が滴っていて、それを何の痛みも感じないとでもいうように平然とした表情を浮かべるアーシェ。爪の裏は人体の中で1、2位を争うほどの痛覚の集合体ではなかったろうか? 大人になってしばらく、似たような経験をしたことがあるが絶叫してしまったのを覚えている。




「! ま、ルコさん.......っさっき、た、弾」

「何ともねぇよい、それより、怖くなかったか」

「? え、あ、........ううん」




おそらくあの青い炎の事だろうとアタリをつけて呟いた。綺麗。少しの恐怖はあったものの、それを押しつぶすほどに目を奪われた。



「トリトリの実、モデル不死鳥.......大抵の傷ならすぐに治る」



どういうことか分からなかったけれど、それでも、だからと言って。言いたい言葉が纏まらず、諦めて未だに説教を受け続けるイゾウとビスタに視線を向ける。



「.......イゾウのお兄さんは、なんで」

「戦い方、さっきの猫と、修行中のが違いまくってたんだろうよい」



違う。ああ、なるほどと思いながらアーシェは心の靄を払拭しきれずにいた。その理由を説明できる言葉を、アーシェは持っている。



「........あれ、は.....」

「......言いたくなかったら言わなくていい、」



暖かな手が頬を撫でる。滲んだ涙を、頬の切り傷に触れぬようゆっくりと払ってくれる




「ほれ、ナースんとこ行くよい」






今はまだ、邯鄲の夢に




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カティアちゃんはブチ切れると敬語が消えます。元が口悪かった子です。この子の過去話とか、書くのしばらく後になります・・・・かけるかな?


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