案外、すんなり受け入れられてしまったことに肩透かしを食らいつつも、アーシェは人の姿でうろつくことが多くなった。なんせ手伝える。火への恐怖は消えたわけではないが荷物運びやらマルコの手伝いやら、やることが増えたのは喜ばしい。そんなアーシェを周りは娘か妹でも見るような目で見ている。考えすぎていたのかと自らを恥じつつ、マルコからもらったチェックのシャツをワンピースのように着こなしながら軽めの荷物を何個か抱えて歩いていた。
「........あかん」
そんな中、カティアはぼんやり呟きながら目頭を押さえていた。重いため息が波の音を縫って聞こえてくる。何事かと首をひねっていれば目が合ったカティアが「どないしたん?」と問い掛ける。
「あ、いや、えっと、何かあったのかなって、その......ごめん、節介だった」
「アーシェちゃんはええ子やねぇ......節介なわけあらへんよ、うちの単なる意地みたいなもんや」
「いじ....?」
「うーん、まぁ、これだけは譲れん〜って心に強ぉ決めてしもうたこと、かな? 周りにどんだけ物言われてもなんでか譲れへんものやねんけど......うちの場合割り切らなあかん事なのかもしれんなぁ」
「譲れない......譲らないままじゃダメなの?」
「譲らんと人との繋がりがユルユルになってまうこともあんねん・・・そやなぁ・・・いきなりうちがこの船嫌いやー降りるー叫んで意気揚々降りてしもうたらなんか嫌やろ? まぁうちも想像してサブイボ立ってもうたけど」
「お姉さん、降りるの?」
「降りへん降りへん、イゾウ様に浚われたー言うても乗り続けるんはうちの心次第やよって」
せやから、思いっきりやってまいたいねんけどなぁ
呟く言葉がアーシェの心を引っ掴んだ。
「僕は、手伝えない、かな!! お姉さんのイジ、僕にも何か手伝えないかな!!?」
「...........
なら、その、手伝ってくれる? 結構しんどいやろうけど......」
「頑張る!」
「.......ありがとうなぁアーシェちゃん、ほんまええ子や.......
せやったら今からちょいたーって走って航海士の人にしばらく晴かどうか聞いてきて、んで晴―言われたら今部屋おる人だけでええからシーツください言うてきてくれへんかな?」
「?」
「もう我慢ならへんかってんこの船内環境! シーツは汚いわ服洗わへんわ風呂7日に1回て! そら水も大切やろうししゃあないやろうけどめんどいちゅう理由で風呂入らんのはあかんと思います!」
せめて、せめてシーツだけでも洗わせてほしいんやって!
カティアの切実な絶叫が何故か船員の大半に届き、ここに白ひげ一斉大洗濯が始まった。
* * *
「なんともまぁ・・・・」
「すんげぇ光景だなぁおい」
数時間後、甲板は人で犇めきあい、船の至る所にかかったロープにシーツやら服やらが引っ掛かりはためいていた。正直長期間放っておかれた汚れというものは先程から神憑りの速度で選択を手作業で行っているカティアですら落とすのは至難の業らしく、数百枚ほど汚れが付いたままのシーツも見受けられる。楽しそうだからという理由で参加した大半は泡で遊び始め、結果どこぞのジャボンディのような光景が広がっていた。
「アーシェ、泡だらけになってんぞい」
「うわぶ、ご、ごめんマルコさん......すごい、あわ」
「まぁ1000人以上がここで泡遊びやってるわけだからねい」
「つらくない、大丈夫? その、水とか」
「まあ大半が塩飛ばしただけの元海水だから、だるい程度だよい」
座り込んであたりを見渡すマルコに倣って横に座るアーシェ、猫の時と変わらぬ扱いで接してくれるマルコの手がアーシェの頭を少々強みに撫でた。
「手伝わなくていいのかよい」
「踏まれたら危ないからって、尻尾とか」
「そりゃ、危険だろうねい」
シャンプーをしている時と大差ない触り心地の灰色の髪は、もはや乾いている所などどこにもない。わしゃわしゃと泡立たせて楽しんでいるマルコに、突如として桶いっぱいの水が襲った。
バブルカーニバル!
「なぁにいちゃついてんスか!」
「おいタビこっち来いよ!」
「おめぇら.......
こいつァアーシェだっつってんだろうがよい!!」