確かこうだったな、とうろ覚えの知識でドアを叩いてから、慣れない取っ手を回す。がくがくと震える足は止まりそうもなくて、これからどうなってしまうのかという考えで頭がいっぱいになった。




今僕は、お父さんの部屋の前にいる。



付いて行こうかとマルコさんが言ってくれたけど、黙ってた僕がどうにかする事だし、ここでマルコさんと一緒に正体を明かすのは、マルコさんに甘えているようで嫌だ。



「し、しつれい、します」



ドアの隙間から体を滑り込ませれば、大きな椅子にドカリと座ってこっちを見るお父さんが見えた。明かりのついてない薄暗い部屋で、静かに僕を見続けている。



「黙っていて、ごめんなさい......アーシェです.....化け猫、です」




言葉を間違えてはいないかな、大丈夫かな、顔を上げたままお父さんを見ていれば、




「化け猫、なァ.....」



ぐびり、とお酒を飲んでから小さく、僕の言葉を反芻する声がした。どうなるだろう、大きな椅子の前に正座で座って、お父さんの言葉を待つ。











「君がアーシェか、話はみんなから聞いているよ」



かっかっかっかと、何かが床を叩く音の後に横からかけられた言葉。首を動かして見れば、そこにはお父さんに似た髭を持った1匹の犬。



「すて、ふぁん.....さん?」

「ふふ、堅苦しい呼び方は慣れていなくてね、呼び捨てで構わないよ?」



まさかこの年で君のような猫に会えるとは、長生きしてみるものだと穏やかに鳴くステファン、さん。「気に入ったかァ?」というお父さんの声に「わふっ」と答えて見せた。



「......この船の奴らを見ただろう」



唐突に投げられた言葉に「は、い」と千切れた返答しかできなかった。温かい手を持った彼ら、優しい声を持つあの人たちを思い出してぼんやりとまた心臓の音が明るくなった気がした。



「あのハナッタレ共もお前と一緒だ、盗み癖のとれねェ奴やら生まれがちぃっと特殊な奴、血の気の多いのが大半だから喧嘩っ早さで競うようなアホンダラもいる
今更ンなもんが1匹増えたところで何も変わりゃねぇよ」



何でもないと言う口調で言うお父さん。ぽかんと動かずにいたらお父さんの大きな手が僕の服をつまんで持ち上げる。膝の上に乗せられてやや乱暴に撫でられて、くしゃくしゃになった髪を両手で押さえればあの特徴的な笑い声がした。



「この年で猫の娘ができるとはな、長生きしてみるもんだ」





一瞬の間の後くすりと笑えば何がおかしいのかと問うお父さん



「.......あ、その、ステファンさんと同じこと言ってるから」



ふと、さっきのステファンさんの言葉と重なる。優しい声。



「マルコを頼んだぜ」



あのバカ息子無茶ばかりしやがるとぼやくお父さん。傍にいていいと、認めてくれたってことでいいのかな。



「......っはい!」



目から出てくる水を手で押さえる。涙、だったかな、ひくりと無意識に動く喉のせいで苦しい。




暖かい人、ここの人はどうして揃いも揃ってこんなにも暖かいのか。





















部屋を出れば、マルコさんが手招きしていた。




「マルコさん、お、おとうさん、ね、えっと」



なんといえばいいんだろう、胸あたりがぶわぶわ温かくなっていくようなこの感じを、ぼくはなんて言えば良い?
黙り込んだ僕の頭を、マルコさんがいつもの、毛を逆立たせるような撫で方で撫でた。




「問題ねぇとは確信してたが、ま、よかったよい」

「あ、ぅ」



いつもの、顔だ、いつもの、優しくて、昔語りで聞く神様のような、そんな優しい顔。やっぱりなって、少し思って、撫でる手を両手で持つ。



「アーシェ」

「.....はい」

「これからも、よろしく」

「.....はい」




父、というもの



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