イゾウ さいど




サッチの髪の毛へし折った一部始終を見ていた俺としては首根っこひっつかんだ瞬間に暴れやしないかと身構えたもんだが、アーシェと呼ばれ始めたコイツは存外学習が早いらしい。
まぁ猫としては、だが




「まぁ、ここならだれも見えねェな」



武器庫の横の小さな物置、宴の真っ最中の甲板から離れたせいで声なんざもう聞こえねェ。胸辺りで金属音を流す相棒を確認して、目の前に座るアーシェを見る。逃げない。隠れない。動かない視線に、こいつは隠す気がねぇのかと思う。



「悪ィが職業病みてェなもんだ。疑いは早々に消しときてェだけで端から敵視してるわけじゃねェ、ま、興味本位ってのもあんだけどな
俺の言ってることが分かったら尾っぽ1回動かすなり頷くなりしてみろ」



ぽてん、と先が2つに分かれた尾っぽで床を叩く。素直



「心配しなくても害がねェと分かりゃ何もしねェ、お前ェさん泣かしてみろ、マルコにどやされちまう」



ぽてん、



「質問、お前ェさんは敵か?」



少しの間の後に尾っぽが床を2回叩いた。そういや否定だのなんだのの合図は決めてなかったな。たぶんさっきのは「いいえ」ととりゃいいんだろう



「お前ェさんは、ただの猫じゃねェよな?」



ぽてん、2回目を叩こうとした尾っぽがゆっくり下がって音を立てずに床に落ちる。「いいえ」と答えようとはしたものの変更したってところか。



「大体見当はついちゃいるが、見たことねェから判断もつかねェ





化け猫の類か?」





大きな間の後、ちっとだけ浮いた尾っぽが床を1回叩く。返答の方法に迷った2回目とも違う叩き方。
暫く回りを見回して、シーツのなり損ないみてェなボロ衣の下に体をもぞりと潜らせた。成りが小せェ所為か消えたように思えて、瞬間移動でもしやがったかと一瞬考えたが、ひょいと布からはみ出た尾がそれを否定する。



ほっとして、3秒。




ぽすんと気の抜けた音がして、目の前に一人の女と一振りの刀が現れた。穴あきのぼろ布を頭に被っただけの、生っ白いガキ。歳なんて俺らの半分より下に見える。細ぇ手足に張り付いたガーゼや包帯のせいで病人か何かと見間違えそうな、そんなガキの頭部分。本来動くものがねェはずのそこにかかった布がぷるると動いた。布を摘まんで上げれば、頭のてっぺん近くでピンと立つ耳。



もっかい言う。頭のてっぺん近くの、耳。



「アーシェか?」

「..............あ、うん、じゃ、なくて、はい」



見た目同年齢の女から出てくる声より少し低い声が、少し震える手(右手人差指の爪だけが短ぇ)を握りなおして無理やりに止めようとするアーシェの口から漏れ出てきた。髪の毛の色と耳、そして気配が同じだからこいつはアーシェで間違いない。間違いねぇんだが、実際目の前で今まで空想のもんだと思ってた生き物がいるってなるといろいろ固まるのも仕方ねぇと思う。




「僕は、化け猫です」





改めて宣言する口は、閉じた瞬間真一文字に引き結ばれた。分かりやすいほどの表情はずっと、「怖ぇ」だの「どうしよう」だのと伝えてくる。どうしよう、そう思うんならまずそのまっぱをどうにかすりゃいいんじゃねぇかなと思って、そういや剥いだの俺かと思い出す。ひょいひょいと一応隠すべきところが隠れるような位置に布を移動させる。まぁ犯罪臭が増えたぐらいだ。何でもねぇ。



改めて、言われた言葉を思い直す。化け猫、化け猫なぁ。15以上生きた猫は化ける、そんぐらいの知識しかねェがまぁ、きっとと何時も似たようなもんなんだろう。伸びた手が、思い出したように横に転がったままの獲物を握る。



握って、鞘に入ったままのそれを、俺の前に差し出した。






ばれてしまっては仕方ない


prev back next