お兄さんとお姉さんができた。



そこには血の繋がりなんてものはもちろんなくて、さらに言えば種族なんて大きすぎる隔たりもある。



彼らは気にしないのだろうか、正直ペットとして扱うのが一番常套だろうに。







家族、とポツリと口に出したけれど、にゃあとしか音に出なかった。家族、家族、姉、兄、そして僕は、妹と呼ばれる位置。



撫でてくれた手は緩やかだった。くれた魚は美味しかった。かけられた言葉は穏やかで、楽しそうで、優しかった。



とくんと心臓が音を立てて跳ねた。自然と顔がゆるむ。たた、と床を叩く足音が心なしか明るく聞こえる。






あぁ、嬉しいとはこういうものか




聞いたことしかなかった。感じたことがあった気もするが遠い記憶の彼方。いつ、と思い出せるようなものでもない。





あの人に会いに行こう。僕を拾ってくれた、月色のあの人の顔が見たくなった。あの人はきっと、嬉しいのかたまりだ。








「........っアーシェ!!」




誰かが誰かの名前を呼んだ。そんな人がいるのかと歩を進めれば、さっきまで頭に描いていた人が息を切らせながら目の前に立った。



そういえば、さっきの声はこの人の声だ。




「......よかった.......探してもいねぇから、海に落ちたかと.....」



しゃがみこんで僕に手を伸ばす。くしゃりと白い布の上(ガーゼというらしい)から撫でる手は怪我を気遣っているのか弱弱しいものだった。肩が上下に動いてる。
どうしたのかと手にすり寄れば小さく「心配、したよい」と呟くマルコさん







シンパイ、とは何だろう



抱き上げられて撫でられながら、ふと思った。聞いたことはある。



想像してみよう。ふと思いついた。



もし目の前の人が、どこを探してもいないとする。どこを探してもいなくてふと、海に落ちたのではないかと勘繰ったとする。




海。に、おちる





急に、撫でるその手がひんやりと冷たくなった気がした。炎に追いかけられたあの怖さとは違った怖さが襲う。あの深い所に、彼が落ちていく、光景が頭から離れない。早く、この人が此処にいるということを感じたくてすり寄れば、「くすぐってえよい」と笑いながらまたゆっくりと撫でてくれた。



これが心配なのだとしたら、僕はどれだけこの人にいやな思いをさせたのか



ごめんなさいと呟いても、この気持ちがあなたに伝わることはない。にゃあと鳴き声が響くだけだった





ふ、と一呼吸おいてマルコさんを見上げる。この人は、神様だ。本当の神様だ。だって、僕なんかのために喜んだり、心配、したり、してくれる。




でも、マルコさんに心配は、させたくない。嫌な気持ちを、持ってほしくない








もうあなたに嫌な思いをさせないよう頑張るから。だから、どうか僕をそばに置いてください。




腕の中でマルコさんを見上げてこてんと頭を下げる。伝わらなくてもいい。これは僕なりのけじめだ。



小さな間の後に、ふはっと空気が抜けるような笑いをマルコさんが零した。



「さっきな、アーシェって呼んだんだが、気づいたかよい」



聞こえたよ、誰のことかは知らないけれど



「お前ぇの名前だよい」



名前?



「お前に伝わるかは分からねぇが、今日からお前はアーシェって名前だ
今から皆に言うからよい そん時に、親父に会わせてやるよい」




この船の船長だったっけ、あなたの大好きな人だ。



「改めて、よろしくない、アーシェ」







初めてをくれる人




あ、僕は今生まれたんだ。


そのくらい“嬉しかった”僕は、後ろの誰かの視線に気づかなかった





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