「おーいにゃんこー! 何もしないからおりておーいでー!」



折角誰にも見つからない秘密基地を作ったのに年下にばれて荒らされた。小さな少女が自分に向かって両手を広げる場面を見た時の徐庶は、大体そんな気分だった。











今を遡ること7年ほど前、今ほどできた人間でもなかった徐庶は、身なりも適当なまま仇討を生業にしていた。正直頼まれると断れない性質は相変わらずだったのでほぼNPOに近い形での生業だったのだが。

一仕事終わり、人目のつかぬ木の頂上辺りで縮こまってぼんやりしていたら何故か全身泥まみれの少女が自分を見つけてしまったというわけだ。見えなくなりたい。人には小動物が木の上に上って降りられなくなったようにしか見えないのだろう。まぁその少女自身には黒い丸が木の上でもよもよ動いているようにしか見えていなかったわけだが。



「にゃんこやーい」



猫ではない。やり過ごす為に何をすればいいのか考えながらため息をついた。逃げてしまおうかと立ち上がる。遥か下で少女が息を呑むのが聞こえた。







「よー、かい・・・」





拾い上げたか細い声、上を見上げる顔は徐々に顰められていき、後ずさる足は石に引っかかって宙に浮いた。



見えている? 自分の本来の姿が、単なる獣ではないと証明づける何かが、下にいる少女には見えているとでもいうのか。



「・・・・・・っ


神主さぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁん!!!!!!」





絶叫しながら兎のごとく疾走していく少女を見えなくなるまで見送るのに10秒もいらなかった。残される徐庶。




捕まえようと思ったら捕まえられた。でも捕まえる気にはならなかった。
ただ徐庶の心中は、生まれたての子兎でも見つけたような昂揚感に満ちていた。何故か食欲をそそる匂いがしたのが少し気になったが放っておこう。ふと知った匂いがしてああ彼の関係者かと思い至る。
また会ってみたい。それだけおもった。





が、





(この体裁じゃあ・・・・姿が見えたとたんに逃げられるか)




ぼさぼさの髪は伸び放題、切り刻まれかけた腕あたりの服はそのまま、血の汚れも泥もそのままで会いに行っては確実に逃げられてしまう。しかもこの格好と容姿は覚えていないほどの歳月をかけて出来上がったものだ。どうにかならないか。



(狸の姿ならあるいは・・・)



思いついたもう1つの自分の姿を思い出し、即座に行動に移る。髪の毛は一思いにざっくり切って、服は持っていた大きな布を外套代わりに羽織った。あの不思議な少女の残した不思議な残り香が、少しでも残っているうちに。








徐庶が凛久を探すことを決めた次の日、当時小学2年生であった凛久は1人で帰路についていた。猫背ではない。今の凛久と見比べて、同人物ですと言って果たして何人が頷くかというほど、7年前の凛久と今の凛久は違っていた。




「あ、お化けがいたぞー!」

「お化けだお化け」

「おばけおーんなー!」

「るさい!」



後ろから囃し立てる声に凛久は振り向きながら持っていた上履き入れをぶん投げた。お化けとはやたら視線がうろつき、たまに独り言を普通の声の大きさでしゃべり、周りで凶事ばかり起きる所以あっての凛久のあだ名だ。顔面にクリーンヒットした同級生の少年は早くも半泣き状態。傍にいた少年2が上履き入れを鷲掴みして「いらないのかなー?」と揶揄するも一切歯牙にかけない。





「先生に言いつけるぞ!」

「へー! やったらー? 男の子が先生に泣きながらちくるんだーふーん!」

「お前上履き入れがどうなってもいいのかよ!」

「べぇっつにぃ? 明日先生に上履きあんた等に捨てられましたーって正直に言えばいい話だしー」





孫権が言っていた凛久とはこっちである。傲岸不遜、男女、そんじょそこらの同級生や上級生に絡まれようと一切引かずに啖呵を切って勝ちを強奪する。地味に同級生の中では顔がよかった方な為、少年たちが本気でかかっていけなかったことは一因である。



「あんたらにかまってる暇ないっての」



言い返せずに、ご丁寧に上履き入れを置いて逃げ去る少年たちを尻目に手をはたきながら拾い上げる凛久、それに近づく1人



「それはまた、うれしい言葉だなぁ」

「・・・・げ、韓当さん」



にこにこと人当たりのよさそうな笑みを浮かべる韓当は孫堅の式だ。たまに凛久をお迎えと称して会いに行っては、やれお菓子だ何だと渡してくる。まろうどがみという神様だと孫権から聞いていたが、凛久にとってはありがたいのかありがたくないのか分からない。



「ああいうのは無視が一番だぞ? あ、俺は無視しないでくれよ?」

「無視させてくれないくせに・・・」



もらった飴をなめつつ、韓当から視線をそらす。どうにかして視界に入ろうとする韓当が正直凛久は苦手だった。




(ん、)



そらした視界に、先ほどの少年たちが何やらやいやい言いながら何かを囲んでいるのが見えた。動いてる、捕まえろ、解剖だー実験だー。無邪気が一番怖いとはよく言ったものだ。子供は元気が一番という無責任な言葉で一体どれだけの虫や一部の両生類が惨殺されたことか。




「っあんたら何してんだぁぁぁ!!!!」

「うわっお化けが来たにげろーー!!!」



思いっきり息を吸い込んで叫べば散っていく少年。つくづく気の小さい奴らだとため息をつきながら近づく。何を追いかけていたのだろう。ほんの好奇心だった。






「・・・・狸?」



少々小汚いところもあるが、目の前の生き物は確かに狸だった。後ろで鬼気迫った韓当の声がする。
触れるか、いや、さっきので人間に警戒心を持っていたらどうしよう。そんな気分は、ボンッという破裂音と白い煙で断ち切られた。





「ええと、助けてくれてありがとう」

「ひっ」














凛久 は 逃げ出した !
徐庶 は すぐに捕まえた !
韓当 は 傍観 している !

「鬼ごとだろうか?」

「神主さぁぁぁあぁぁぁあぁん!!!!!!」

「ああなんだ凛久の知り合いだったのか」




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過去話その1。ハイドアンドシークはかくれんぼですが鬼ごっこが”tag”だけだったので使わせていただきました。
徐庶元ヤン説を強く推したい気持ちと仕事人時代(ヤンキー時代)は今と物凄く風貌が変わってたらいいなあという願望が具現化しました。苦手な方いらっしゃったらごめんなさい。


法正好きの皆様。あれ、これって法正落ちだよねと疑問を持ち始めた方々ごめんさい。甘い話書くための布石だと思ってください。しばらくしたら甘くなりますから。たぶん。



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