「じゅーろくじ・・・さんじゅーろっぷん・・・・」
目の前のデジタル時計の表記に、凛久はぼんやりとした頭を一気に覚醒させた。日にちは肝試し決行日の次の日、外の太陽は西にあり、部活の声が遠くから聞こえてくる。
「寝、坊・・・無断欠席・・・・?」
「起きられましたかな凛久殿」
「陳宮さん、え、私、」
パニックになりながらも起きようとベッドから降りようとする凛久の耳に、廊下の方で凛久の声がした。
「じゃ、ごはんの時にー!」
「うん、じゃあね三娘ちゃん」
ガチャリと扉が開いて凛久が入ってくる。それを見つめる凛久。入ってきた方の凛久がへにゃりと眉を下げて笑った。
「ええと、大丈夫かな?」
「・・・・あ、えっと、じょ、しょさ・・・」
「法正殿に頼まれてね、ああ、すぐに出るから、怖がらなくていいよ」
声色の変わった凛久に悪寒を隠し切れない凛久。いつもの寂しそうな顔をそのままに、ポンと音を立てて凛久の姿が徐庶に変わった。狸が化けるというのは本当だったのかと、引き攣った表情を浮かべながら思う。
「特に何もなかったらから安心してかまわないよ、隣の部屋の子が一緒にご飯を食べようって」
「あ、はい、あの・・・法正さんは」
「君が解いた呪詛の後処理に・・・君に呪詛返しが来ないとも限らないからその保険じゃないかな?」
「そう、ですか・・・」
じゃあ、俺は行くからと窓枠に足をかける徐庶、途切れ途切れの母音のみで呼び止めてベッドから転げるように降りて視線を合わせた。
「え、と、徐庶さん! ごめんなさい、あと、ありがとうございます」
最後には萎んで視線も下に下げてしまった凛久に小さく笑う。ゆっくりと伸ばした手で少しだけ頭を撫でてから、それじゃ、と小さく呟いて飛び降りた。
「いい人・・・なんですよねぇ・・・」
「禍根、禍根というのは中々拭いきれぬもの、歩み寄ることならこれからいくらでも出来ましょうぞ」
コトンと置かれたマグカップの中で、湯気を立てるホットミルク。余り物の入っていない備え付けの冷蔵庫は、最近陳宮のものとなっている。
「あ、ごめんなさい、陳宮さん」
「むぅ、謝罪よりも感謝のほうが受け取りやすいものなのですが」
「ごめんなさい、え、あ、ありがとう、ございます?」
* * *
活動時間、というものが陳宮にはある。長々と封印されていたことで人間の言う睡眠が必要になってしまったらしく、日の半分近くを書簡の中で過ごしている。
少しだけカタカタと動く書簡を見ながら、凛久は真っ暗な部屋で手に巻かれた包帯を少しずつ解いていた。少し血が滲んでいたので変えるべきかと思い至った故のことである。切り傷も正直正視したくないので手探りの作業だ。
昨日、法正に抱かれながら付けた傷だと、思い出して赤面する。あの体勢は仕方のないことだったのだと思い込ませて最後の一巻きを外した。
「い、たい・・・」
何かが伝う感覚の後に、ポタリと血が机の上に落ちる。顔を顰めながら包帯を手探りで掴んだ。その時、
ザワリと、風が遮光カーテンを揺らした。差し込む月明かりが部屋を照らす。光を反射して輝く血。ああ、傷を見てしまった。思っていたより深かった傷に驚きぐらつく体を何かが支える。
「包帯を巻きなおすのでしたら俺がやりましょうか」
「あ、ほ、うせい、さん・・・」
背後からかかる声に頭を上に向ければ何時もの如く眉間に皺の寄った法正が立っていた。呼吸がずれる。心臓が痛い。怪我をした方の手を両手で包む
「・・・劉備殿が、完全に完治したのでいつかお礼をと仰せでした」
「そうですか、よかった・・・て、わっ」
依然血の滴る凛久の手を法正が掴んで自分の口に近づけた。丹念に傷口を舐めとり、最後に傷口をベロリと舐めて手を離して、硬直した凛久の手から転がった包帯をしゃがんで拾う。恥かしいのか、居たたまれないのか、分からない心境のまま目の前の一部始終を見つめる。
「今日の分を、頂いていなかったので」
「は、い・・・ごめんなさい・・・」
膝の間でされるがままになっている凛久の手に手際よく包帯を巻いていく法正。お互いに無言がしばらく続いて、適当な量を巻き終わった後に法正が目を閉じるよう言った。
ジャキリと、布を断つ音の後に、もういいですよと消え入りそうな声で呟かれた。
「あ、りがとうござい、ます・・・」
「・・・・いえ、」
凛久殿、と呼ばれた声の後、何時かのように視界を覆われた。途端に襲う睡魔。眠い。
「貴女からいただいた恩の全て・・・何れ必ず倍で返させていただきますよ」
ああ、そんなに気にしなくていいのにと、ぼんやりする頭の中で思いながら、凛久はゆっくりと目を閉じた。
連環ムーンライト
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貴方から貴女
そういう何でもないような表記の変更が、異様に好きだったりします。
陳宮さんオカン位置早く定着させたい。あの野郎絶対ピンクエプロン似合う。