―――――――むかぁしむかし、ここがまだ病院だったころ。小さいながらも力を持った神社がありました。
けがをした人はその神社にお参りをすると治りが早くなり、病気の人もお参りをすると病気が軽くなる。不思議な不思議な神社でした。
そこには劉備玄徳という神様が祭られていて、みんなは大徳さまと呼んでしたっていました。
大徳さまは人でないものにもたいへんしたわれていて、神も、妖怪も、悪魔も、みんな大徳さまをしたっていました
しかし、その病院がつぶれて十と数年後、そこに新しく学び舎が建つことが決まり、神社は取り壊されることになりました。
人の寄り付かぬ神社です。神主のいない神社です。仕方ないと人は言いました。大徳さまのおかげで怪我が治った人も、大徳さまのおかげで生きていられる人も。
代わりに建てられたのは小さなお堂でした。それでもいいと、大徳さまは言いました。
大徳さまの力は少し弱くなりました。
それでも大徳さまは、建てられた学び舎の子供のため、未来の明るい子供たちのためにこの土地を守ることを決めました。
悪い妖怪から。危険な術から。自分のできる最善をと、大徳さまと彼を慕う者たちは戦いました。
しかし、守るために戦っていた彼らを、人は恐怖しました。聞こえる声を。見える姿を。感じる匂いを。
そうして人は、1人の祓い屋を呼びました。力はあるものの道理を知らぬ、馬鹿な祓い屋でした。
祓い屋は意味の分からぬ術をかけ、言葉の分からぬ呪詛をかけ、そのすべてを名も無きお堂にすべて預け、あたり一帯の見えないものを、少しの例外を残して追っ払ってしまいました。
敵も味方も、たくさんいなくなりました。深く悲しんだ大徳さま。酷く傷ついた彼を慕う者たち。それでも恨まぬと、涙を拭って心に決めた大徳さまとは裏腹に、人を恨む気持ちは広がっていきました。
みんなみんな。人が嫌いになりました。―――――――――
「玄徳様大丈夫?」
よろりと立ち上がる緑の服を着た大徳さま、もとい劉備を尚香は飛びついて支えた。妙な気配はこの人のことかと、ふと昔の孫権の言葉を思い出しながら察する。
2人の表情から読み取れる傾慕に、凛久はここにいていいのかとふと本気で考えてしまった。ちなみに陳宮は神域にはもう近寄れませぬ故とどこかへ行ってしまった。
「すまない尚香殿・・・そなたは、法正が世話になっている者か」
「あ、はい、世話と、いうか・・・世話になっている方なんですが・・・凛久といいます」
朗らかな笑みを浮かべる劉備の顔色は青白い。後ろに立つ法正の顔は変わらず不機嫌なまま。
「劉備殿・・・・この方は、劉備殿にかかっている呪詛を解く力を持っています」
重い口を開いた法正を見て劉備は目を見開くも、すぐに少しだけ悲しそうな顔をしてそうか、と1つ呟いた。
「凛久殿、来てもらってすまないが私は大事無い。尚香殿にも、無用な心配をかけさせているな・・・」
涙の滲んだ目を劉備の腕に隠して、擦り付けるように首を横に振る。大事ない、訳がないのは見て分かった。濃く、黒い靄が劉備の体から滲み出ている。歪んだ表情が、今も何かが彼を苛んでいると語っている。
「こういう方なんですよ。自らのために他人が傷つくのも解せず、力を僅かながらも分け与えてくださっている尚香殿に抵抗しなくなったのもごく最近、救いようのないお人よしだ」
忌々しげに吐き捨てる法正の言葉に、自責が見えた気がした。もしかしたら、法正が毎日のように読みふけっていた本の数々は、この状況を打破するためのものだったのではないかと、凛久は推測してみた。
凛久の協力があれば、なるほどことは解決するだろう。それでも劉備は自分一人のために誰かが傷ついたことに深く傷心するだろう。故に、法正は言わずに何とかしようと試みていなのかもしれないと、
なら、自分のやることは1つしかない
「えっと、私がやりたいだけで劉備さんは一切関係ないですから・・・ごめんなさい・・・・
法正さん・・・さくっと1つ、お願いします」
法正のほうを向いて、手をいつかのように差し出して笑って見せる。久しぶりに伸ばした背筋が痛い。こういう時、自発的に血を出せたらいいのにと思う。生憎と刃物を見ることすらできないので無理な話だが。
「正気ですか」
「お人よしなんです。ごめんなさい」
目を瞑って唇を噛む。怖いな、でもしかたないかなと自らに言い聞かせていた凛久はため息のような呼吸音の後、いきなり手を強く引かれて何かに激突した。法正の匂いが強くなる。体の自由を奪うように回される片腕に、凛久は現状を一気に把握した。
「何でもいいんで噛んでいてください」
「で、も・・・」
「下唇がなくなってもいいのならご自由に」
脅しとも取れる言葉にびくりと跳ねて、じゃあと目の前の布を噛みしめた。劉備の制止の声が聞こえるが気にしない。きつく目を瞑ったその後に、回された腕が解けた後に、手の甲に鋭い痛みが走る。
「―――― ―――― ――・・・・」
どこの言葉とも解らぬ唸り声のような詠唱のすぐ後に、凛久は傷口から流れる血が沸騰しているのではないかという錯覚を覚えた。熱い。痛いのではなく、熱い。
熱さに歯を食いしばること1分と少し、熱がひいていくのを感じながら、凛久はどこか遠くに聞こえる劉備と尚香の声を聞いていた。役に立てたのか、どうなんだろうか
口を布から離せば、ぐらりと閉じたままの視界が揺れる。いつもの貧血のような感覚に立っていられなくなった体は法正に抱き留められた。胸板に押し付けられて顔は見えない。
「お疲れ様です・・・この恩は必ず返させていただきますよ」
「かえすほどじゃないですよ」
「恩の量を決めるのは俺です」
「あぅ・・・はあい・・・・」
大恩ララバイ
泥沼に沈んでいく意識の中で、ほんの少しだけ、抱く力が強くなった気がした
―――――――
法正さんの食料が一時的に枯渇したのはその呪詛の所為だったりします。時期は受験を受けに主人公が高校を訪れた後。
尚香ちゃんのこと知っていて呉の式神トリオに嘘ついた法正さん。劉備さんに気を分けに通ってた尚香ちゃん。
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