目を開ければそこに法正はいなかった。
昼、だろうか。外から活発な声が聞こえるあたり休憩時間なのだろう。
先ほどよりかはすっきりとした頭に手を当てながらぼんやり立ち上がって、「もう大丈夫ですか」と問う養護教諭に礼と謝罪を返して保健室を出る。教室に戻れば真後ろに法正が立っていて、「おや、もう体調はよろしいので?」と話しかけられたので首を僅かに下げることで返事をする。



「あー! 凛久帰ってきた! もーめちゃくちゃ心配したしー!」

「ごめんごめん・・・」



両手拳を握って憤慨する鮑三娘を宥めて、周りの心配そうな視線にごめんなさいのジェスチャーで答える。物事をあまりはっきり言わないことと猫背と低めのテンションが手伝って、病弱キャラとしての地位をほぼ確立してしまった凛久を、周囲は大変そうだねぇといった表情で見ている。正直サボりが地味に黙認されている障りのある学校だ。空席など珍しくもない。



「あ、見て見てこれ家庭科で作ったし! 凛久食べてみて! あ、これ全部凛久の分ね!」

「おなか減ってたからありがたいよ、いただきます」



ラップに包まれたお皿にこんもり乗ったポテトサラダ。ご丁寧にプチトマトが2個乗っかっている。昼食をとるタイミングを完全に逃がしていた凛久としては地獄の蜘蛛の糸に匹敵するありがたさだった。
輪切りにされたキュウリ、ごろっとした食感が残るであろうジャガイモ、ああやっぱり休んで正解だったと凛久は痛感した。流石にスライサーを持ち出してはいけないだろうし、まぁ刃物恐怖症であることは一応教員には教えてはあるのだが、参加する以上触らなくても見なければならないのは避けられなかっただろう。




立ったままというのもなんだからと自分の席に座り、手渡された割り箸をパキンと割って目の前でさぁお食べと諸手を挙げるポテトサラダを一口分掬う。楽しそうに感想を待つ鮑三娘にもう一度いただきますと呟いて、ポテトサラダを口に放り込んだ、その瞬間




凛久は全身という全身から鳥肌が立つのを感じた。



「げほっげふげふ!」

「ちょ、大丈夫!? 味変だった!?」

「けふっ ううん、ちょっと変なとこに入っただけ、美味しかったから大丈夫だよ」



必死の形相で安否を伺う鮑三娘の頭を撫でながらも、先ほどの鳥肌の原因についての思案を巡らせる。体験したことのある、戦慄といっても過言ではない感覚。なぜ今なのか、いや、その前に何故ここに奴がいるのか、それだけに凛久の頭は支配されつつあった。完食し、先ほどの咳き込みへの驚きが未だ消えていないらしい鮑三娘に感想を言って、そろそろ始まるであろう5時限目の準備をすることに頭を切り替える。さっきのは体調不良が招いた寒気に既視感を抱いただけだ。ただそれだけだと頭の中で念じながらの教科書を取り出す。



「何かあったんですか?」

「この近く・・・その、”何か”いますか?」



近づいてきた法正に口パクで返事をする。ほぼ空気を出すだけの返答も法正は難なく聞き取ってしまうため。正直小声にあまり自信がないためこの話法はありがたい。


「そうですねぇ、数えるとキリがありませんが・・・敵意のある輩はいないようです」

「そう、ですか・・・」

「ええと、何かあったのかい?」

「あ、いや、何か嫌な感じがして・・・おかしいですよね、ごめんなさ、い・・・」

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」



無言の法正、無言の凛久。法正は通常以上の皺を眉間に刻み、片や凛久は初夏にしてもあり得ないほどの手汗をかいていた。





自分と法正以外の声の主が、後ろにいる。そして何より、凛久はその声の主を知っていた。



無論、悪い意味で。



「凛久ー、やっぱ今日もう休んだほうがよくない? 顔真っ青だっての」

「ウン、ソウダネ、モウリョウニカエロウカナ」












「やっと見つけた・・・また会えてうれしいよ凛久」

「何でお前がここにいるんだ・・・」



背筋が、寒いです




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ずっと出したかってん。
鮑三娘ちゃんは京ことばしゃべらせて「ねぎく〜ん!」って言わせたくなります。ずっとホウサンポウちゃんって呼んでました。あれ、娘ってポウって読むっけと考え、そういや鮑三娘ちゃんの言い回し分かんないなってなり、調べてたら間違いに気づきました。この場をお借りして謝罪いたします。ガチでサーセン。


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