(あたまが、ぐらぐらする)



HRも始まり、出席確認が行われている最中、凛久は眩暈に襲われていた。首より上がおぼつかない。一応腕をつっかえ棒に耐えてみるが何とも厳しい。



「凛久大丈夫!?」

「さんじょーちゃん・・・大丈夫だよ、ちょっとぐらぐらするだけだから」



斜め前から声をかける凛久の隣人、もとい鮑三娘に返事を返し机に突っ伏す。見えないのをいいことに黒板の横に腕を組んで立つ法正を腕に隠れて垣間見ながら、額を触って熱の有無を確かめようとする鮑三娘のされるがままになっていれば、「あ、そういえばっ」と声を上げた。



「凛久エプロン持ってきた?」

「えぷ、ろん・・・?」

「え〜! 凛久忘れてんのぉ? 今日家庭科でいるーって先生言ってたじゃん!」

「かてーか・・・え、言ってたっけ」



身を起して鮑三娘の顔を見る。家庭科、エプロン、緊急アラームが鳴り響く。



「・・・・三娘ちゃん、」

「ん?」

「ごめん、やっぱりむりっぽい、保健室行ってきます・・・・」












「倒れるほど、飲んだつもりはないんですがね」

「ごめんなさい、ほーせーさんのせいじゃないです、たぶん」



昨日足がバンビになるほどの量を飲んだ奴のセリフではないと思いながら、ベッドの縁に座る法正を見上げる。養護教諭は何かあったら呼んでくださいと席を離れていて、この部屋には凛久と法正しかいない。



「家庭科を受けたくない理由は何です?」

「こころでもよんだんですか?」



近づいてくる手袋をつけた法正の掌が凛久の目の前に迫る。伏せた目で凛久を見下ろし、急の接近に戦く凛久の目を塞いだ。



「お望みとあらば読むこともできますが?」

「ご、めんなさい」

「すぐに謝るのは最早悪癖ですね」

「ごめんなさい・・・
えっと、はものがにがてで・・・それだけです・・・」





沈黙。す、と離れた法正の手を少し惜しみながら、そういえばと口を開いた。



「きのういってた、においとあと、てなんですか」

「痕は俺の噛み傷、匂いはまぁ、俺の所有物であると言う証です」



物扱いに少し引っかかるものがあった凛久だが、そういえば自分は専用ごはんという立ち位置だったと思い出し、納得する。



「匂いがついていれば俺より下級の物分かりが良い者は近づきません。所有の意味が分からん輩は近づいてきますが、襲われる回数は通常より減るでしょう」

「・・・ありがとうございます」

「自分の物が奪われるという事反吐が出るほどの嫌悪感を感じるから、それだけですよ」



再びの沈黙、もうしゃべることは無いだろうと目を閉じかけた凛久を、以外にも法正の言葉が止めた。



「味の濃いものが嫌いでね」

「?」

「涙と血が同じ成分であることはご存知ですか」

「・・・まあ、はい」

「涙はその者の感情により塩分濃度に差異が生じることがあるそうで、それは俺のようなものが食す血液にも同じことが言えるんですよ」



法正は何が言いたいのだろうか、生憎とそこまで鋭い頭をしているわけではない凛久の頭では、敏く賢い法正の意思を察することができずにいた。再び覆われる視界、何故か洗い立てのシーツの匂いがふんわりと香った。



「貴方の血はたしかに美味です。故に孫家で何を言われたか知りませんがそれごときで俺の食事の質を落とさないでいただきたい」





ぎこちなく、法正の手が撫でるように凛久の目の上を動いた。僅かに動く手に自分のそれを重ねて弱く握る。目頭がきゅんと熱くなり、するりと頬を涙が伝った。




例え自分が都合よく解釈しただけだったとしても、それでも凛久は満足だった。されるがままに動かず、自分の手を跳ね除けようともしない法正の手も、自らを心配しているように聞こえる言葉も、







「・・・っ、ごめん、なさい・・・」

「・・・・流石に、俺でもシーツに染み込んでしまった物は飲めませんよ」



少し、どもる法正の声。どんな顔をしているのだろうと法正の手をずらそうと試みるが、何故か強く押さえられて真っ暗闇から脱却することはかなわなかった。それでもいいかと思い至り、法正がいるであろう方向によろよろと腕を上げた。



「いいです、ふつーのち、どうぞ」

「病人からの血は遠慮させていただきます」

「びょー、にん?」

「はい、ですからさっさと寝てください。でないと凛久殿は仮病で授業をずる休みしたと其処ら彼処に吹聴しますよ」

「それ、は・・・やだなぁ・・・」













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涙色って血の色のことらしいですね


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