神社と似た雰囲気の家だと、凛久は入った瞬間に思った。ここには背中を這い回るような怖気も涎を垂らして蒲焼だ踊り食いだと食い方を吟味する声もない。その代わりに厳かで清らかすぎる空気が法正に何度も噛みつかれた首筋を刺す。法正が嫌がった理由が分かった気がした。何故か不躾に上着を剥ぎ取られているかのような不快感に一瞬襲われて、ぞわりと肌が粟立つ。前言撤回。神社はまだ優しげがあった。




案内された部屋に入り、促された座布団に座る。机を挟んで向かい側、真正面で呼び立ててすまないと真っ直ぐに此方を見る孫権仲謀その人を見ながら、凛久は式神三人衆に囲まれていた時と負けず劣らずの緊迫感を味わっていた。昔から人の顔ばかり見ず足元の影ばかり見てきた凛久だ。人と視線を合わせることが礼儀と知った今でも視線が上に上がることは少ない。そういえば初めて孫堅に会った時も似たような経験をしたと思い返していた。




「件の妹はいま外に出ていてな・・・」

「・・・お一人で、ですか?」

「いや、一応付き人もついて行ってはいるのだが・・・」



もごついて初めて視線をそらす孫権、まぁその付き人というのが彼が愛してやまぬ者であるから、という話なのだが今は関係ないだろうと式神三人衆も何も言わず黙って孫権の後ろに控えていた。



「えっと、私は何をすれば・・・?」

「いや、お前の接触した者に尚香と同じ気配をもつ者がいないか調べるだけだ。斯様なことで呼び出してしまって、すまない」

「い、いえ、その、神主さんには昔お世話になったので・・・あの、孫権、さん?」



俯いて下を向きながら話した凛久は、どのような顔をしているのかと上げた視線の先で、孫権がわずかに目を見開いているのに気付いて思考が止まった。何だ、無礼でも働いてしまったのか。
そんなことを考えていた凛久は、ふと孫権がこぼした言葉を何の前準備もなしにするりと耳に通してしまった。





「いや、父から聞いていた話とずいぶん違うものだと・・・不快にさせたのならすまない」





心の中ですとんと何かが落ちたような気持ちだった。ぐらつかずビクともしなかったものが、何の前触れもなく、



「あ、いえ・・・その、分からんでもない話ですし・・・」



何とか声を絞り出して、凛久は当り障りのない言葉を選んで答える。目の前にかざされた孫権の大きな手に何も感じることなく、「気配の主とは接触していないようだが・・・」と言葉の端を濁す声にも凛久の心はあまり動かなかった。



「足労申し訳なかった。また何かあったらこいつらを寄越すかもしれんが分かっておいてくれるとありがたい」

「あ、はい、じゃあ、失礼します」



なるべく音をたてないように行きに通った道を戻る。玄関、前庭、門を越えて、茜色が薄れて電灯の明かりと民家の明かりだけで照らされた道のど真ん中で立ちすくむ。




「・・・・お腹がすきました」

「全くです。長々と何をやっているかと思えば」




いつものように、どこかからスタンと着地する法正の足を見ながら寮への道を歩き出す。詰りに詰まった凛久の心中の薄暗い靄を、机に溜まった消しカスでも払いのけるように消し去ってしまうから、法正という男はなかなかに不思議だと凛久はぼんやり考えた。



法正の鼻がひくりと動いて、とたんに眉間にしわが寄る



「匂いも、痕も、ものの見事に祓われてしまったようで・・・・」

「へ?」



凛久の視線が上がる。気に入らない、気に入りませんねぇと呟いた法正の口が予定調和のように凛久の首筋に近づいた



「少々、今日は多めにいただきます」

「あぁ、はい、でも歩いて帰るだけの余力はのこ」




ブツッ











「あるいて、かえる・・・て」

「地を這いますか?」

「い、です・・・」


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