凛久で言う神主さんこと孫文台には3人の子供がいる。孫策・孫権・孫尚香という名のその3人は、持ち前の法力や霊力で昔から何かと様々なものを呼び寄せやすかった。
曰く怨霊・呪い・式神諸々、故に父孫堅は3人をなるべく危険な目に合わせぬよう自らの式神をもって警護をさせていた。



と、その警護担当の式神陸遜は語る。



「そして近頃、末の姫様に妙な気配を感じるようになりました。相当近づかなければ分からない残滓のようなものなのですが、それによく御一人でどこかへ行かれることもしばしば・・・」

「それで現当主の孫権様も気にし始めて何とか探ってくれって言われたんだけど・・・如何せんアテがなくてさ、そしたら大殿様のお知り合いで霊感強い子がこの近くにいるって聞いたから何か知ってるかなって近づいたわけ」

「学校入った瞬間お前のことだって分かったから何とか話できねぇかって思ってたのに口聞かねぇわそこの怖ぇ兄チャンぶらついてて手出しできねぇわで大変だったぜ・・・」



一度、自分の匂いと言う物を把握したほうがいいのかもしれないと凛久は思った。焼けた肉の匂いでもしているのだろうか



歩きながら話そうと語られた事の次第を理解し、危険かどうかを鑑みる。凛久には先述したとおり、見えないもの関連で親切心を出したところ襲われたという前例がある。
気づけば住宅が並ぶ道に入っていて、大きな和風の屋敷の前で式神トリオの足は止まった。



あ、詰んだ。これもうやらなきゃいけないパターンだ。と凛久は愕然とした。門にかけられた「孫」の文字。神社と家は別々にしてあると昔孫堅が語っていたのをふと思い出した。こっちが実家か



「神主さ・・・・あぁいや、孫堅さんはいらっしゃるんですか」

「おそらく今は社かと・・・さて、
依頼をお受けくださいますね?」



王手とも言うべき発言、まあ昔の恩人である孫堅の名が出た時点でできうる限りはしようと考えていた凛久だ。仕方ないと頷けば数歩離れた法正が壁に寄りかかって見送る体勢をとる。ついて来てくれないのかと聞く前にうんざりという口調の言葉が飛んできた



「そこらに結界やら呪詛返しの呪いがかかったところなんて1秒たりともいたくないのでここで待っていますから行ってきてください」

「ごめんなさい・・・いって、きます」











*   *    *














相も変わらずいけ好かないほどの清らかさだと法正は辟易した。こちらに罪悪感を満タンに込めた視線を向けながら孫家の門をくぐった凛久の姿はもうどこにも見えない。あちら側が変な動きでも見せようものならすぐさま放火でもしてやろうと身構えているのはおそらく誰も知らないだろう。見えざる者たちにその名を知らしめる孫家に仇なすことに何の躊躇も抱かないくらいには、法正は凛久を気に入っていた。まぁ愛玩動物の扱いではあるが。


名前と出会う少し前まで、実は法正はほぼ飢え死に寸前の状態であった。辺りに自分の食料とすべき霊体はいない。動物の血は死んでも飲みたくない、しかし人を襲えば祓われることは必至、万事休すの状態で考えあぐねていた所に転がり込んできたのが凛久だ。食料として目を付けたものは幸いにも自分だけ、逃がしてなるものかと追い続け、経過はどうあれ自分専用の食料を手に入れることができた法正にとって守り役なぞ些末な仕事であった。凛久は長年の経験から見えないものへの対処法を自分なりに考案していた故に、自ら処刑台に上るような愚行を起こすことはなく、グダグダと文句や頭の悪い質問も言わず、適度な距離を取ろうとする姿勢はある程度の面倒ごとを想定していた法正にとってまさに最良物件ともいうべき条件。



しかし、



孫家の接近は看過できぬ点であった。正直何の断りもなく何の関係もないあの地に足を踏み入れた俗物として殺すべきだったかと今でも思う。式神なんぞそう簡単に殺せるものではない上に「ごめんなさぁい知らなかったんですぅ」のようなおとぼけが通じる相手ではないのでほぼ冗談に近い考えだが
いらぬ軋轢の発生で無駄に敵を増やすような愚行はしたくない。あのまま凛久が無視をし続けていたとしても行きつく先は同じだっただろう。うっぷん晴らしに米神をいじめた法正でもその程度はわかっている。


どのような案件であってどのようなオチがついたとしても、凛久が五体満足の無傷であればそれでいい。それだけを考えながら、法正は凛久がこの要塞と呼ぶべき建物から出てくるのを待った。









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