1人じゃないから

ベンチに帰ってきた詩織を、俺たちは昔から仲がいい友達のように出迎えた。日向は腕を首にまわし、ユイは抱き着き、俺は頭を撫でた。驚いたように目を丸くした彼女は、いったい何を思っていたのだろうか。しばらくされるがままになっていた詩織だが、ハッとして俺達を睨み付けた。口が開かれる。また怖くない罵声が飛ぶぞ。

「さ、」

「天草さんてすげーんだな!」

大方、触らないで、と言おうとしたのだろう。だがそれは、日向に遮られてしまった。詩織は再び目を見開いて日向を見る。

「その辺の男より頼りがいがあるぜ!
次もよろしくな。」

「……っ」

詩織の顔が仄かに赤らんだ。すぐにうつ向いてしまったが、近くにいた俺にはしっかりと見えていた。日向の腕が離れるやいなや、詩織はスタスタと歩き、ベンチに座った。相変わらず顔は赤いままで、いったい何に照れているのだろう。隣に腰かけると、ビクリと肩を震わせた。

「詩織って、野球できるんだな。やってたのか?」

「……少し」

「どこ守ってたんだ?」

「……ファースト」

「へえ。
じゃあ、守備の方も頼りにしてるからな。」

「……、」

言えば彼女は、再び顔を赤くした。どうやら「頼りにしてる」という言葉に照れているらしい。謎が解決した。案外シャイなんだな。
それにしても、と俺はうつ向く詩織を眺める。ずいぶん慣れてくれたものだ。最初は何一つとしてどうでもいい雑談には応答してくれなかったのに、今では一言でもちゃんと話が出来るようになった。隣に座るなんてことも、できっこないと思っていたのに。なんだかそれが嬉しくて小さく笑ってしまった。
詩織が変なものを見るような目で見てきたが気にしないでおこう。
結局その後、いろいろあったが無事コールド勝ちした俺たちは、次々とトーナメントを勝ち上がっていった。そして、

「あなたたちのチームは参加登録していない。」

ついに天使が動き出した。後ろには野球部を従えている。野球部と試合して勝て、なんて無理にもほどがあるだろう。何度目かの日向とユイの漫才を見ながら、俺は肩を落とした。チラと隣にいる詩織を見れば、何も言わず日向たちを見つめていた。その目が、少し寂しそうに見えた。


「詩織」

2つの大きな瞳が、俺に向けられる。そこにはもう、さっき見た寂しさはなかった。

「……頑張ろうな」

何を言えばいいのかわからなくなって、俺はそれだけを口にした。詩織は数回まばたきをすると、何も言わず前を向いた。

さすがの戦線チームも、野球部には敵わず次々に負けていく。あっと言う間に俺達の番になった。
今まで通り、俺、日向、椎名が塁に出て、野田のホームランで4点が入る。詩織はなんとか塁に出るも、後が続かず4点止まりとなった。
次は守りだ。今までうちの弱点の外野まであまりいかなかったおかげでどうにかなっていたが、さすが野球部。次々とボールが外野に飛んでいく。なんとか3点に抑えているが、なかなか厳しい状況だ。だが、俺が奢った肉うどんのためか、いつの間にか外野にいた松下五段のおかげで9回で6対7と健闘した。ただ、勝ってはいるがギリギリだ。俺もずっと投げ続けているし、そろそろキツい。俺はタイムをとって日向の元へ向かった。

「やべぇ。抑える自信ねぇよ。なぁ、ピッチャー変えてくれ……、?」

だが日向はぼんやりとどこかを見つめていた。名前を呼ぶと、やっと俺を見る。あきらかに様子がおかしい。日向の口から語られる生きていた頃の記憶に、俺は嫌な予感しかしなかった。

「お前、消えるのか?」

思わずこぼれ出た言葉に、日向は目を見開いた。俺は構わず問う。岩沢のように、この試合に勝ったら消えてしまうのかと。
今までミットをいじっていた詩織が振り向いた。セカンドとファースト。近くはないが、聞こえたようだった。
日向は消えないと言ったが、俺は嘘だと思った。日向があまりに自信なさげで、曖昧に笑っていたから。
俺は意を決してマウンドへと立った。これで決める。決めたらきっと、日向は消えない。しかし、俺の全身全霊の投球は高く打ち上げられた。
日向のいる、セカンドへと。

「日向ぁ!!」

取るな!取るなっ!それだけを思って日向の元へ走る。ミットを空へ向けた日向が、笑った。ダメだ。日向は取る気だ。間に合わない……っ

「隙ありぃ!」

「うぉわっ」

「……っ、」

突然のことに目を見開いた。日向の上に跨がるユイ。日向のミットにボールはなく、そのかわり、滑り込んできた詩織のミットの先にボールはおさまっていた。審判がアウトと声をあげ、試合は勝利をおさめ、終了した。

「でかした天草さん!喜びのハイタッチはまだ待ってくれよ!まずはコイツを絞めてから……っ」

依然、滑り込んだ格好のまま動かない詩織は、ユイを絞める日向を見てわずかに目を細めると、ふっと息を吐いて上半身をおこした。制服についた土を払い落とす詩織に手を差しのべると、チラとそれを
見た後、その手を取ることなく立ち上がった。予想はしてたが、俺の手はどこへやればいいんだ。

「なぁ、」

「……、」

そのまま歩き出した詩織に声をかけると、詩織は振り返ることなく立ち止まった。

「何で、さっき日向の所に走ってきたんだ?」

聞けば、日向がキョトンとして俺を見た。一瞬の静寂の後、詩織がギュッと手を握りしめたのがわかった。後ろを向いているから表情まではわからないが、なんとなく想像はつく。きっとまた、あの泣きそうな顔をしているのだろう。

「ボール、落とすと思ったから。」

小さくそれだけをいうと、詩織は再び歩き出した。俺は何も言わなかった。黙って、詩織の後ろ姿を見つめていた。




無事優勝した俺達は、校長室でちょっとしたパーティーを開いていた。ゆりはどこかの悪代官のような笑い声をあげ、皆も盛り上がっているが、9人いるはずの日向チームは、ここには5人しかいない。NPCと、詩織がいない。ましてや最後の試合は詩織のおかげで勝ったようなものなのに。
ぐっとグラスを握りしめると、ゆりが横に立った。目を向けるとゆりは窓の外に目を向けたまま、口を開いた。

「ずいぶん、天草さんを気にしてるようね。」

「それはお前もだろ。」

言えばゆりはいつもの鋭い瞳で俺を見た。ゆりは直接は行かないものの、何かと詩織を気にしているように見える。そうじゃなかったら、毎回新人が来る度呼びに行かせないはずだ。そう伝えてから俺はハッとして窓の外に目を向けたゆりを見つめた。もしかしてゆりは、詩織について何か知っているのかもしれない。尋ねようと口を開くが、ゆりに遮られた。

「言っておくけど、天草さんが私たちを突き放す理由は知らないわ。」

「…そうか。」

俺が落胆すると、ゆりは「でも、」と言って何かを思い出すように目を細めた。

「私が初めて彼女に会ったとき、今とはまったく違った。」

「違った?」

「えぇ。」

ゆりは頷いてからくるりと周りを見回した。

「場所が悪いわ。
ついてきて。」

そう言って歩き出したゆりの後ろについていく。日向たちが不思議そうに名前を呼んできたが、ゆりは無視して外に出るものだから、慌てて「ちょっとな」とフォローしてから後に続いた。
ついたのは屋上だった。詩織がいつもいる屋上とはまた別のところ。そこで足を止めたゆりはくるりと振り返って俺を見た。

「天草さんと初めて会ったのはここよ。
いつ来たのかはわからないわ。でも、その時はまだここに慣れていないようだったから、きっと日はあまりたっていなかったんでしょうね。
彼女はここで、何をするわけでもなくただ宙を見つめていた。」




『あなた、見ない顔ね。』

『ぁ、……』

天草さんは酷く怯えた様子だった。私と目が合った途端、サッと青ざめ、目は恐怖で染まっていた。それは私に怯えていたんじゃなく、人に怯えていたように見えた。

『私はゆり。
あなたの名前は?』

『あ、天草……、詩織、です。』

『そう。
じゃあ天草さん。
最初はいろいろと大変だと思うから、困ったことがあったら声をかけてちょうだい。』

そう言って私は手を差し出した。だけど天草さんは、不思議な物でも見るように私の手を凝視していた。何度もまばたきを繰り返すだけで動こうとしないものだから、私は痺れを切らして『握手よ!握手!』と無理やり彼女の手を掴んで握手をした。
不安げに私と手を見る天草さんに、『よろしく』と言えば、彼女は安心したように笑った。そして、僅かに頬を染めて『よろしくお願いします』と口にしたのだ。




「最初はそんなだったのよ。天草さんは。」

信じられなかった。ゆりの口から発せられる言葉が、本当だと思えなかった。今とはまったく違う彼女の言動。なら何故、詩織は今のようになってしまったのだろう。

「わからないのよ。
ある日を境に私と、私達と一線を引くようになったの。そして、いつの間にか、今みたいに突き放すようになった。」

「……」

俺は何も言えなかった。ゆりが悲しげに瞳に陰をおとす。
俺は時々見せる詩織の寂しそうな表情を思い出していた。詩織は望んでゆり達を突き放しているわけではないはずだ。

「突然の変わりように私は驚いたわ。もともとすごく仲がよかったわけじゃなかったけど、理由が知りたいじゃない。だから天草さんを無理やり呼び止めて問いただしたの。そしたら、」



『もうあなたたちには付き合ってられないの。
毎日毎日、ホントバカみたい。
大嫌いよ。皆、大嫌い……っ』



「ショックだったわ。
だけど、すぐに嘘だと思った。天草さんの声が震えていたし、一度も私を見なかったから。
私は彼女を1人にしたくなかった。あなたは1人じゃないってわかってほしかった。だから新しく人が来る度、天草さんの元へ行かせたの。」

ねぇ音無君と呼ばれ、俺はゆりに目を向けた。

「あの子を1人にしないであげて。彼女は弱い。
私達が思ってるよりずっと。」

「……あぁ。」

言われなくてもわかっているさ。俺が頷くと、ゆりは安心したように笑みを溢した。生きていた頃は長女だったという彼女は、やはり何かと世話焼きのようだ。

「何ニヤニヤしてるのよ。
寒くなってきたわ。
帰りましょう。」

指摘されて、慌てて口を抑えた。俺そんなニヤニヤしてたか?思案する俺を、ゆりは鼻で笑ってからドアへ向かった。優しいところもあると思った矢先のこれは結構堪えるぞ。ま、コイツはそんなヤツだからな。そう思って俺も出ようと振り返った時、

「っ!」

「天草さん!?」

少し開いたドアの隙間から見えたのは詩織だった。詩織は俺たちを見るやいなや、大きく目を見開いて走り去った。そこまではまだいい。逃げられることはよくあることだ。だが問題は、彼女が傷だらけだったということ。
俺とゆりは慌てて詩織を追いかけた。




(1人じゃないから)




****
あまりにヒロインが空気だったので試合の結果かえちゃいました。
すみません…

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