この気持ちはなんだろう

球技大会なんて、生きていた頃にも、した記憶はなかった。あの頃は、学校に行っても学生らしいことは何もしていなかったからな。1度くらいは、してみたかった。そうは思ってももう遅い。死んじゃったし。
ぼんやりとグラウンドを眺めていると、なんだか虚しくなってきた。どうせ出られないのだから、これ以上見ていてもただ苦しいだけだ。こればっかりは、見られなかった。
そういえば、ここに来てからもまったく学生らしい生活はしていないから忘れてたけど、私は運動を好む方だった。小さい頃は、男の子にまじって野球してたっけ。中学からはやらなくなったけど、すごく楽しかった。あのときは、たくさん笑ってた。
あのときまでは―……

「詩織!」

「……、!ちょっ」

あの一件以来、毎日のように屋上に来るようになった音無君。逃げない私は一体どうしてしまったんだろうと、音無君が帰った後に人知れず自己嫌悪に陥っているが、楽しみにしていないか、と聞かれればなんとも言えないような感じ。
本当、おかしいな私。
今日はずいぶん早いお出ましだと思いながら振り返った私は肩を震わせて立ち上がった。後退りすぎていきおいよく柵にぶつかり、派手な音をたてた柵にもびくつきながら、信じられない思いで扉の前にいる音無君、否音無君達を見つめた。

「おいおい大丈夫かよ音無。天草さんめちゃくちゃこっち睨み付けてるぞ?」

「やるしかないだろ。
なぁ、詩織、頼みがあるんだ。」

「か、帰って……」

何やらコソコソと喋っているが、何なんだ。こんな、こんな大勢で来られたことなんてなかった。
私は緊張と恐怖でカタカタ震えながら、それだけを絞り出すように言って視線を反らした。
ユイさんと椎名さんもなんだか怯えているように見えたのは、気のせいだろうか。そういえば2人は最初に私に会いに来たとき結構なショックを受けていたように見えたからな。
あれは、謝るしかない。

「あれ、何だか怖がってません?案外いつも強がってるだけとか……ひぃっ」

日向君の背中からひょっこり顔を出したユイさんをキッと睨み付ければ、再び隠れてしまった。
危ない、舐められてしまったら私が今まで積み上げてきたものが水の泡だ。

「とにかく、話を聞いてくれ詩織。」

「じゃあそれを話したら帰って。」

「なかなかそういうわけにもいかないんだよなぁ。」

日向君が苦笑し、音無君が一歩前に出た。
屋上の出入口が1つな事を、これほど恨んだことはあっただろうか。逃げ場のない屋上で、私は柵に体を押し付けることしか出来なかった。

「俺達、球技大会に出なきゃいけないんだ。」

「きゅうぎ、たいかい?」

チラとグラウンドを見下ろせば、音無君は大きく頷いた。

「勝手に出ればいいでしょ。」

「そうしたいのは山々なんだがな、人数が足りないんだよ。」

「あぁそう。それはお気の毒……、まさか……」

「野球、俺達のチームに入ってくれないか?」

「……っ」

なんていう最悪で最高なタイミングだろう。心は野球が出来る嬉しさで舞い上がり、しかし頭は行ってはダメだと制止をかける奇妙な感覚。

「集中力、集中力…」

「くわばらくわばら…」

椎名さんは箒を見つめたまま動かないし、ユイさんは一体私を何だと思っているんだ。2人とも私がそんなに怖いか。
彼女達の前で必死に私を説得する音無君と日向君に、どうしようか悩んだ。
野球はしたい。だけどこれをきっかけに親近感なんか持たれてしまったら……

「頼む!
俺たちと野球やろう!」

『詩織ちゃん!
野球やろう!』

「……っ」

生きていた頃の記憶と重なった。楽しかった頃の、記憶と。
やりたい。野球がやりたい。そうだ。私はただ野球がやりたいだけ。私が馴れ合いをしなければなんとかなるはず。私が弱味を見せなければ。
もう一度、あの楽しさを味わいたかった。

「わかっ、た。」

「ホントか!?ぃやったぁ!」

「これで6人!あと3人だ!」

飛び上がって喜ぶ日向君に、笑顔を浮かべる音無君。
私なんかでいいのだろうか。よほど人が集まらないのだろう。それより、と私は今いるメンバーを眺めた。
音無君、日向君、ユイさんに椎名さん、と私。どう数えても5人しかいない。もう1人はどこにいるのだろうか。
考えていると、それに気づいたのか音無君が呆れた表情で扉の奥を指さした。

「もう1人は野田だ。
あいつ、どうしてもお前に会いたくないって言うんだよ。いったい何言ったんだ?」

「、別に。」

視線をそらすと苦笑された。なんだか音無君は私の扱いに慣れている気がする。っていうか、私が慣れてきたのか。いや、違う違う。そんなわけない。ちゃんと口調だってキツいままだし。
ブンブンと頭を振る私を、音無君は不思議そうに眺めていた。

「とにかく、希望は見えた!次行くぞ!」

「あ、おぉ。
……、詩織行くぞ。」

歩き出した日向君に続く皆。了承してしまった以上、一緒に行動することは避けられない。だから私は皆のずっと後ろの方をついていこうと思っていた。だけど、柵の前から動こうとしない私を見た音無君は、あろうことか私の手を取り、皆の中に引きずり込んだのだ。

「!、触らないでっ」

バッと手を振りほどくがもう遅い。
今まで誰かと手を繋いだり、こんなに友好的な意味で人に囲まれたことなんかなかった。
思わず身を固くしてうつ向く私を、ユイさんがひょいと覗き込んできた。

「あれー?
天草先輩顔が真っ赤ですよー?
もしかして、音無先輩に惚れてらっしゃるんですか?」

「!、なっ」

「いや、詩織は多分、誰にされてもこうなるぞ。」

「そうなんですか?
どれどれ……」

少し弱味を見せればこの慣れよう。恐るべしユイさん。音無君もなんてことを言ってくれたんだ。
私の手を掴もうとするユイさんを懸命にかわすが、結局ギュッと握られてしまった。
ひっと悲鳴をあげ、後ずさる。その拍子に椎名さんに勢いよくぶつかった。咄嗟に「ごめんなさい」と出て、慌てて手で口を覆うが、「本当に赤くなった」とケタケタ笑っていたユイさんも、先頭を歩いていた日向君も、ぶつかってしまった椎名さんも、キョトンとして私を見ていた。
しまった。私が作り上げてきた性格から、こんな程度で謝罪なんかするはずないのに。
口を覆ったまま俯いて皆からの視線を避ける。焦りで冷や汗が頬を伝った。

「天草さんって、前からもしかしてって思ってたけど、ホントはいい人なんじゃねーの?
何で冷たくあたってんのかは知らないけどさ。」

「なっ、ちが……っ」

「そこ否定しちゃいい人って言ってるようなものですよー」

「浅はかなり。」

「……っ」

優しい声。しかも皆笑顔で、見てくるものだから、どんどん顔に熱が集まってくる。
私はもう、俯いたまま顔をあげなかった。日向君やユイさんが何度か話しかけてきたけれど、全部無視した。これ以上続けてはいけない。突き放せなくなってしまう。私はギュッと手を握りしめて、グッと唇を噛み締めて、皆からの優しさに耐えた。

後、ユイさんのファンだと言うNPCが3人入り、チームは無事9人となった。
戦線チームは皆勝ち上がっているようだった。飛び入り参加の多さに迷惑しているのか、顔を歪める対戦相手になんとか試合を申し込み、あっという間にこのチームでの初試合となった。
たまに挟まれるユイさんと日向君の漫才のような会話と技に笑いそうになりながらも、耐えた。ちょっと羨ましかったのは、心の内に秘めておこう。
日向君は野球の経験があるのか、てきぱき指示を出していて、私は打順を5番と言い渡された。5番て……、結構大事なとこじゃなかったっけ。
思わず眉を寄せて日向君を見れば「期待してるぜ」と親指を立てられてしまった。しないでほしい。
そして試合直前。気合いを入れるために日向君が大きく拳を突き上げ掛け声の音頭をとるが、もちろん私は両手を下ろしたままだったし、口も開かなかった。他の皆も似たようなもので、音無君の「驚くべき団結力のなさだな。」という言葉に小さく同意した。
1番は音無君。バッターボックスに立ち、バットを構える音無君に、あくまで心の中で応援した。
ピッチャーが振りかぶり、音無君がバットを振る。
キンッと音をたててボールが跳ねた。初球打ちだ。私は思わず笑顔を浮かべた。ベンチもわっと盛り上がり、誰もがヒットだと思った。

「……え?」

日向君が小さく母音を漏らした。音無君の打球の前に鎌を構えて立っているのは、そこにいるはずのない野田君。嫌な予感がした。

「貴様の打球は、そんなもの、かあっ!」

それは見事的中して、あろうことか野田君はその打球を打ち返したのだ。

「なんだ、とお!!」

それをまた音無君が打ち返し、また野田君が打ち返す。なんだこれ。と思わざるをえない謎の打ち合いだ。何度かしたお遊びの野球でもこんなの見たことないな。見たことあるほうがおかしいのか。

「そんな競技は存在しねぇ!!」

「アホですね。」

日向君とユイさんのツッコミに、私は俯いて小さく苦笑した。楽しかった。まだ、少ししかたってないけど、この人達とならいい友達に……

「……っ」

何考えてるんだ私は。友達を作ってしまったら消えてしまうのに。だから今までこうして頑張ってきたのに。

「アウトになっちまった。」

「!、あ、そ。」

ベンチにかえってきた音無君の声にハッとしてそっぽを向いた。さりげなく隣に座る彼に口の中で舌打ちをしながら、バッターボックスを見れば、日向君がヒットを打っていた。さすが経験者。あれ、いつの間にか椎名さんも塁に出てる。皆すごいなぁ。私も早く、あそこに立ちたい。

「楽しそうだな。」

「っ、何を根拠に……っ」

「なんとなく。
良かったよ。一応無理やり誘ったから心配してたんだ。」

頭に手をのせられ、私は硬直した。音無君は優しい笑顔で、顔に熱が集まってくるのがわかる。心臓がドクドクと音をたて、手を握りしめた。
その時、キンッと音をたててボールが飛んだ。野田君がホームランを打ったようだ。それと同時に離れていった暖かい手に、寂しいなんて思った私を殴ってやりたい。それでも相変わらず顔は熱くて、心臓は激しく波打つものだから、私は一体どうしてしまったんだろう。
勢いよく立ち上がると、音無君は不思議そうに私の名前を呼んだ。

「打順くらい覚えたら?」

赤い顔を見られなかっただろうか。いつものように冷たい声色で言えただろうか。私は顔を反らしたまま、足早にバッターボックスへと向かった。

「天草先輩ファイトー!」

ユイさんの声援が聞こえ、私はわかりやすく耳を塞いだ。ひどいと騒ぐユイさんを無視してバットを構える。ここでありがとうと言えたらどんなにいいか。そう思いながらピッチャーを見据えた。
1アウトでランナーはなし。私だけで1点入れるのは不可能だし、私の後に続くユイさん達が打てるとは思えない。とにかく今回は球に慣れることを目標にしよう。
ピッチャーが振りかぶって、投げた。1球目は見送り。2球目は一応振ってみたが当たらなかった。ラストだ。なんとなく感覚は思い出した。多分、この辺……っ
キンッと音が鳴って、ボールが弧を描いて飛んでいく。ベンチがわっと盛り上がり、私も走り出したが、飛んでいったところが悪い。レフト前に落下したボールは地面に着くことなくミットにおさまった。走るのをやめて、ふっと息を吐き出す。転がしておけばよかった。でも、まだボールもちゃんと見えてないし、何かしら工夫して打つのは無理だ。これが、精一杯だな。残念ながら、役にたてそうにない。そう思いながらベンチに戻れば、あっと言う間に囲まれた。怒られるのだろうか。驚いて身を固くすると、日向君が私の首に手を回した。
それを合図に、音無君には頭を撫でられ、ユイさんは抱きつかれ、NPCの子達は瞳をキラキラと輝かせた。




(この気持ちは何だろう)




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