一緒にいてほしいなんて
友達なんていらない
私はずっと、
ずっと1人で……
居場所なんて、なかった。
「……っ」
目が覚めた。
嫌な夢だった。生きていた頃の、嫌な夢。
息は荒く、額には脂汗が浮いているのがわかって気持ちが悪い。
「もう……、やだっ」
どうして、どうして今さらこんな夢を見るんだ。もう慣れたつもりだった。1人で皆を見ていることが楽しかった。仲間に入れたらなんて、そんなこと、当の昔に諦めたはずだった。
なのに、なのになんでまた……っ
カタカタと小刻みに震える体を押さえ込むように抱き締める。暗い夜が、いっそう寂しいという気持ちを大きくした。
いっそ、消えてしまった方が楽なのかもしれない。消えたら何もかもなくなって、きっと、まったく新しい生活が待っているんだ。
最初は、なんで私だけって神様を恨んだけれど、ここにくる人たちは、皆それぞれ辛い人生を歩んできた。私なんか、屁でもないくらい、皆。
消えてもいいなら、私はゆりさん達と一緒にいることができる。出来るけど、消えてしまったらもう、会うことは出来ないのだろう。
究極の選択、なんて冗談でよく使っているのをみたけど、本当に選ぶのが怖かった。どちらを選んだとしても、苦しいと思った。
もし、消えるなら、消えたら、どうなるのだろう。
私は、次の生活を楽しんでいるのだろうか。
結局その後は一睡も出来なかった。怖くて、寂しくて、ずっと震える体を押さえつけていて、気がついたら外は明るくなっていた。
最近の寝不足のせいかなんなのか知らないが、ガンガンと痛む頭のこめかみを押さえる。いつも昼寝と皆を眺める場所として使っていた屋上は、新入りが私を探しにくるものだから使えなくなった。それからは部屋に閉じ籠っていたけど、さすがに体調によろしくないということで(ここでは体調とかないけれど)今日は新しい昼寝と眺め場を探そうと思う。
何を考えるでもなく、ただぶらぶらと歩いていれば、呆然と私を見つめていた新入りの顔が脳裏を掠めた。私なんかのためにあんなに必死になってくれて、本当に嬉しかった。それに応えられない自分が、本当に悔しかった。
「ごめん、なさい……」
これで許してもらえるとは思っていない。だけど、私はこうすることしかできないから。仲良くすることは、できないから。だからせめて……
「……、」
ふと、小さいがよく通る、綺麗な声が聞こえた。歌だ。すぐにそれが岩沢さんの声だとわかった。「Girls Dead Monster」通称ガルデモのギター兼ボーカルをしている岩沢さん。よく会場から漏れてくる音楽を無意識のうちに聴いてしまうんだ。私は引き寄せられるように音の方へ歩き出した。
音をたどっていけば、1つの教室にたどり着いた。音が漏れているのはここからのようだ。
私は見つからないように一番近い廊下の角に身を隠して音楽を聴いた。楽しかった。自然に笑みがこぼれた。すべてを薙ぎ払ってくれるような、そんな音楽に、身を委ねる。
その時突然、音楽が止んだ。何かあったのだろうか。そう思い、少し顔を出して見てみたが、すぐにまた隠れてしまった。あの新入りが岩沢さんと話していたから。気づかなかった。いつの間に来たのだろうか。それとも、私が来る前から?
その場から動けなかった。カッチンコッチンに固まった体は、壁にぴったりとくっついたまま動こうとしない。行かなきゃ、逃げなきゃいけないのに。
「……っ」
何を期待しているんだ私は。また、苦しくなるだけなのに。
ガンガンと音をたてるほど痛む頭に、吐き気もついてきた。それに合わせて心臓もドクンドクンと高鳴るものだから、耐えきれずにしゃがみこんだ。
ここでは誰も病まないって聞いたんだけどな。なんで、こんなに辛いんだろう。なんで、こんなに胸が苦しいんだろう。
プツリと、意識が途切れかけた。何とかして繋ぎ止めたが、床に倒れ込んでしまった。しゃがんでいたとはいえ、静かな廊下に普段聞きなれないドサッという音が響く。誰かが駆け寄ってくる気配を感じた。
早く行かなきゃ、行かなきゃいけないのに。
必死で起き上がろうとするが、腕に力が入らず、ガクガクと震える。這ってでも逃げようと思ったが、それさえもできないほど、足と手に力が入らなかった。
「どうし……っ、天草さん!?」
やっぱり、来たのは新入りだった。運命のいたずらってこういうのをいうのだろうか。ホント、最低だよ神様。遅れてきた岩沢さんも私を見つけて目を丸くした。ダメだ。岩沢さんは早く練習に戻らないと。ほら、だから早く立て私!
自分に渇をいれて腕で何とか上半身を持ち上げたが、ガクガクと震えていてなんとも頼りない。少し油断すると、カクンと抜けて、再び床とぶつかった。
「立てないのか!?
どうしたんだよ!」
私に触れようとする新入りの手を全身全霊を込めて叩き落とした。くしゃりと顔を歪める新入りにまた苦しくなって、はっと荒い息を吐き出す。
「さわら、ないで……っ」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ!」
「私なら、触ってもいい?」
静かな、だけどノーとは言えないような凛とした声が、耳に届いた。予想外の言葉で何も言えない私に、岩沢さんはそっと触れた。ビクリと肩が震えたが、彼女はお構いなしに私を背負おうとする。左手に触れられた時、私はハッとして岩沢さんから離れた。勢いよく離れたせいで、3度めの床との対面を果たしたが。
「だ、め……」
「でも、」
「早く、練習に戻ってよ……っ」
言えば岩沢さんは目を見開いた。力の入らない手で彼女の肩を押す。瞬間、岩沢さんはその手を掴んでぐっと距離を縮めてきた。驚いて身を固くすると、岩沢さんは私を呼んだ。詩織、と。
彼女は、何故だか私を名前で呼ぶ。たった1人だけだ。初めて会った時から、ずっと。
「な、に。離して。」
「詩織。」
固く目を閉じた。やめてほしい。そういう意味を込めてもう片方の手で岩沢さんを押すが、その手もあっけなく掴まれてしまった。
「やめ、て…っ」
「詩織、辛い?」
その言葉に、私はフルフルと首を振る。髪がパサパサと揺れた。
「苦しい?」
「苦しく、ない……っ」
「じゃあ、嫌い?」
「……え?」
質問の意味がわからなくて、岩沢さんを見上げた。バッチリと目が合って、心臓が大きく音をたてる。岩沢さんはじっと私を見ていた。そらせなかった。胸が、苦しくなってくる。
「詩織。私たちが、嫌い?」
思わず目を見開いた。掴まれている手を、ぎゅっと握る。私はうつむいて岩沢さんの視線から逃れた。震える唇。言わなきゃ、そう思って、声を出した。
「だ、いっ…きらいっ」
岩沢さんが、ふっと息を吐き出した。こんなに優しくしてくれたのに、私はまた突き放す。最悪なヤツだ。だから、そのまま私を嫌いになって、最後には忘れてくれたらいい。
だけど、岩沢さんは笑って言った。
「そう。
でも、私は好きだよ。詩織のこと。」
「……っ」
涙が出た。どうして、そんなこと言ってくれるのだろう。ぐっと唇を噛みしめ、嗚咽をおさえる。
もう、やめて欲しかった。ポタポタと涙が落ちる。誰かが、息を飲む音が聞こえた。
「あれ、岩沢ー?」
肩が震えた。
岩沢さんを呼ぶ声。このままじゃ他の人も来てしまう。私は立ち上がろうと足に力を入れたが、うまくいかずに尻餅をついた。
「あぁ、今行く!」
岩沢さんが私の手を離して立ち上がる。おー!と返事があり、メンバーの人がここに来る様子はない。
安心した時、ぽんっと頭に手がおかれ、数回ぐしゃぐしゃと撫でられた。そっと見上げるとそれは岩沢さんで、彼女は笑って口を開いた。
「今夜のライブ、暇なら見においで。」
後は頼んだよ。そう新入りに言い残して岩沢さんは去っていった。しばらくして再び聞こえだした音楽に、私は何だか至極安心して、壁にもたれ掛かった。
「!、大丈夫か?」
新入りが慌てたように駆け寄ってきた。
問いかけに返事をせず、私はまだ濡れている目を擦った。新入りは黙ってそれを見ていたが、すっ、と何かを決心したように息を吸った。
「そういや、まだ俺の名前言ってなかったよな。
音無だ。下の名前はわからない。記憶がないんだ。」
「……」
「それで、あの……」
新入り、基音無君は、うろうろと視線をさ迷わせた。ガルデモの音楽が、途絶えては始まりを繰り返している。音無君は相変わらずわたわたと手を動かしたりあー、だのうー、だの言っているので、彼の声を私は耳に入れずに音楽に意識を集中させた。
「俺も、詩織って呼んでいいか?」
空に向けていた視線を音無君へ動かした。じっと見ると、彼は徐々に顔を赤らめていく。今思えば結構な至近距離だった。私はフイと顔を反らして「ダメ」とだけ口にした。
「岩沢は、呼んでたのにか?」
「あの人はダメって言ったのに勝手に呼んでるの。」
そうしてふと思った。
何で私、普通に会話してるんだろう。久しぶりに会えて、こうやって話せて、喜んでる?
何故か岩沢さんの好き、と言う言葉を思い出して、カッと顔が熱くなった。
「じゃあ俺も勝手に呼ぶ。」
「、はぁ!?
ダメって言って…っ」
「詩織。」
「っ!」
どんどん顔が熱くなる。何を喜んでるんだ私は。岩沢さんの、音無くんの、皆の優しさに漬け込んで、こんな……っ
「……っ、」
逃げよう。
ダメだ、ここに居ては。
音無君から離れたくて、私は震える足に鞭をうち走り出した。私を呼ぶ声が聞こえる。それを無視してがむしゃらに走った。だけど、
「あ、っ」
カクンと膝が抜けた。目の前は階段だ。
落ちる。そう思って固く目を閉じた。
「っ危ねぇ!」
そう声が聞こえた時、私の体は宙に浮いていた。そのまま転がり落ちたはずだった。なのに、体に痛い所はない。ゆっくりと目を開けてみた。目の前には見覚えのある制服。私は驚いて起き上がった。
「なんで…っ」
私を庇って一緒に落ちたと言うのか。なんで、なんで私なんかのために……
目を閉じたまま動かない音無君の肩をゆっくりと揺らす。ここに死が存在しないことは、頭から綺麗にすっぽぬけていた。
「ねぇ、……ねぇっ起きてよ!」
涙が落ちた。涙はパタパタと音無君の顔を濡らしていく。やめてほしかった。なんでこんなことをしてくれるのだろう。私なんか、ほっといてくれればいいのに……
「ねぇ!音無君!
起きてよっ!起きてよぉっ!」
何度も名前を呼びながら肩を揺すれば、音無の瞼がピクリと動いた。
「音無君……っ」
もう一度、小さく名前を呼ぶと彼はゆっくりと目を開けた。何度も瞬きをしてから、こっちを見ると、勢いよく起き上がり、私の肩をつかんだ。
「な、何で泣いてるんだ!?どこかケガしたか?痛かったか?」
その言葉に、耐えていた私の涙は次々と零れ落ちてしまった。
「なんで助けたの?
なんで私なんかのために……っ
ほっといてくれればいいのに!私が勝手に落ちただけじゃない!」
言えば音無君は目を見開いた後、ガシガシと頭を掻いて「なんでって言われてもなぁ」と苦笑した。
「俺も岩沢と同じで、お前が好きだからだよ。」
突き放しても突き放しても、どうしてこんなに関わってくるのだろう。どうしてバレてしまうのだろう。
「アンタバカだよ。
大バカだよ…っ
大嫌い、なのに…!」
(一緒にいてほしいなんて)
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