優しくしないで

初めてだった。まさか、あんなにあっさりバレてしまうなんて。真っ直ぐと私を見つめていた新入りの顔が脳裏をかすめ、大きく首を振った。
どうして、バレてしまったのだろう。ちゃんと突き放したつもりだった。今までちゃんと、皆私に関わってこなくなったのに。どうしてあの人だけ……っ
月の光だけが照らす薄暗い部屋の中。消えてしまうんじゃないかと怖かった。
私はここにいると、言ってほしい。誰か側に、いてほしい。そう思ってしまう。ダメなのに、嫌なのに、気づいてもらえて嬉しいと思っている私がいるんだ。私は、気づいてほしかったのだろうか……。違う。そんなわけない。だって消えたくない。もっと、皆を見ていたい。

『あいつらが好きなんだろ?』

そうだ。私はあの人達が大好きだよ。だからずっと見てる。せめて見ていたかった。だからいい人だってことも、言われなくてもわかってるんだ。でもダメなんだよ。どうせ友達は出来ないのだから。ここで作ることは、許されないのだから。

「……っ」

中途半端に関わらないでほしい。こんなに苦しくなるなんて、思わなかった。
友達なんかいらない。だって、あんなに酷いことをしてきたじゃないか。ただの裏切り者じゃないか。言い聞かせても、胸は苦しくなるばかりで、涙も止まってくれなかった。




次の日。
今日はゆりさんたちを見かけない。あの一見普通の、でも中は何かしらありそうな校長室の中にいるのか、それとも、とやってきた体育館を覗き見れば、案の定舞台下の引き出しが開いていた。武器の補充に行ったのか。この中に何をしにいくのか、ゆりさんたちの行動を見ているうちにわかった。もちろん、あの作戦会議が行われているであろう部屋も、ここの中も、入ったことはない。
そこまでいくと、軽くストーカーに間違われそうだし、何より関わってはいけないという私のルールに危うく引っ掛かりそうになってしまう。
今日は見られない。少し好都合だと思った。今またゆりさんたちと、あの新入りと会ったら、きっと苦しくなってしまうだろうから。私は小さくため息をついてからふと思った。そう言えば天使も見かけてない。いつも真面目に授業を受けているから、どこかしらで見るはずなんだけれど。

「まさか……」

この中にいるなんてことはない、はず。多分、ない。だってこんな所に入り口があるなんて、普通わからないもの。大丈夫だ。よし、昨日はよく寝れなかったし、屋上で一眠りするか。
無理やり納得をして、踵を返したその時、ドーンッと小さいが、何かが爆発したような音が中から聞こえて立ち止まった。これは、ひょっとしたらひょっとするかもしれない……
ふと、自分が手を白くなるほど握りしめているのに気がついた。
私は、心配しているのだろうか。この不安な感じは、なんなのだろう。
じんわりと汗ばんだ手をほどき、私は今度こそ、体育館を後にした。
大丈夫。ここに死と言うものは存在しない。皆ちゃんと帰ってきて、また楽しそうに笑ってくれる。
ちゃんと、それを見られるから。




「あ、おい!音無!
どこ行くんだよ!」

「屋上!」

「屋上ぉ!?
ちょっと待て、屋上には天草さんが……っ」

言われずともそんなことは知っている。だからこそ行くんだ。解散を言い渡された瞬間部屋を出た俺に、日向は制止の声をかけてきたが、聞こえないフリをして屋上へ向かった。謝りたい。今日ゆりの生きていた頃の話を聞いて思った。俺には記憶がないが、きっと天草さんにはあるのだろう。そこに触れてしまったのだと思う。俺だって、酷い記憶だったら下手に聞かれるのは嫌だ。
長い階段を上りきり、屋上の扉に手をかけた。ギィッと嫌な音をたてながら開けて覗き込むと、案の定、屋上を囲む柵の前に、彼女はいた。ぼんやりと空を眺めている天草さんは、こっちには気づいていないようだった。

「天草さん。」

呼べば彼女はビクリと肩を震わせて振り返った。俺を見た瞬間、ほんの一瞬だが、ほっとしたような、安堵の表情を見せたような気がしたのは気のせいだろうか。しかし、すぐに昨日会った時のような鋭い視線を向けられ、俺は口ごもった。

「皆、帰ってきたの?」

俺が喋る前に、天草さんが口を開いた。予想していた言葉とは全く違い、拍子抜けした。
言っている意味がわからなくて、俺はえ?と間抜けな返事をした。冷たい口振りだ。だけど何かを確かめているような、そんな感じがした。
そう言えば今日は皆でギルドに行ったんだ。それを天草さんが知っていたのだとしたら、

「あぁ。
帰ってきたよ。皆無事だ。」

「そう。
……それは残念ね。」

後から取って付けたような嫌味に俺は吹き出した。あまりにわかりやすい嘘だったから。それに気づいたのか、天草さんは仄かに顔を赤くして俺を睨み付けた。

「何。用がないなら早く出ていって。邪魔なの。
あんたみたいな暇人とは違うのよ私は。」

その言葉に本来の目的を思い出した。そうだ、俺は謝りに来たんだ。怒っているような表情なのに、何故か怒っているように思えない天草さんを見て、頭を下げた。

「!」

「昨日はごめん。
何も考えずに軽率な発言した。反省してる。
許してくれ。」

天草さんが何か言うまで、頭を下げているつもりだった。しんと静かな時間が続く。何分くらい待っただろうか。実際には数秒かもしれないが、長い沈黙。未だに言葉を発しない天草さんを不審に思い、ゆっくりと頭を上げた。

「!」

天草さんは、泣いていた。まだ涙は落ちていないが、今にも泣き出しそうなのを耐えているような、そんな表情だった。泣いている、という表現は間違っているかもしれない。でも、俺は泣いているように見えた。目があった瞬間フイと反らされてしまったが、その表情が脳裏から離れなかった。

「なんで、」

なんでそんな顔、するんだよ。泣きたいなら泣けばいい。怒りたいなら怒ればいい。何を押さえ込んでるんだよ。なんで仲間に入ってこないんだよ。なんで……
疑問がぐるぐると頭の中を回り、俺はどうしようもない怒りに拳を握りしめた。

「もういいから。」

「え、」

小さな声だった。絞り出すような、今にも泣きそうな、そんな声。

「わかったから出てってよ。
謝らなくていいから、……っ私に関わって来ないでよ!!」

悲痛な叫びだった。俺はたまらなくなって天草さんの腕をつかんだ。小さく声を上げる天草さんを無理やり立たせてから、ひきずるようにして屋上を出る。必死に抵抗する彼女を、反則だが男の力を駆使して引っ張った。離してと叫ぶ天草さんに、1度だけ離さない。と強く言ってから、俺は無言で歩き続けた。

「なにする気……?
離してよ!ねぇっ!」

「……、ゆりたちに会うんだ。」

「!なん、で……っ
ダメっ、離して!
会いたくないっ!!」

この細い体のどこにそんな力があるのだろうか。俺の手から抜け出そうと暴れる天草さんを、俺は必死で押さえつける。NPCに見られでもしたら、確実に不審者扱いだ。

「いやっ!
嫌だ!やめて!ほっといて!!」

何でこんなにムキになっているのか、自分でもわからなかった。頭には天草さんの悔しそうな、悲しそうな、でもどこか諦めたような表情が焼き付いていて、何故だかたまらなく悔しくなってくるのだ。

『皆、帰ってきたの?』

「……っ」

どうして、素直にならないのだろうか。どうして、心配なら心配と言わないのだろうか。会いたいはずなのに、相変わらず拒否の言葉を繰り返す天草さんにカッとなった俺は、彼女を壁に押さえつけた。

「何でだよ!
何でそんなに拒絶するんだよ!!
嫌いなら!関わりたくないなら!そんな顔するなよ!!」

天草さんが、大きく目を見開いた。が、すぐに下から俺を睨み付けると、大きく息を吸い込む。

「…っ全部アンタのせいじゃない!
迷惑なの!!私はいいって言ってるでしょ!!私は見てるだけでいいの!!」

「好きなんだろ!?
一緒にいたいんだろ!?
素直になれよ!!」

「好きだよ!大好きだよ!!
だから一緒にいられないのっ!!」

「………え?」

耳を疑った。好きだから一緒いられない?
お互い肩で息をしながら、俺は信じられない思いで天草さんを見た。
いつもの天草さんとは違う、何か仮面が1枚はがれたような感覚がした。

「なんだよ…、それ。」

「………なんでもない。
もう離して。帰る。」

「なんでもなくないだろ!
どういうことだよ!?」

だがそれも一瞬で、ハッとしたように表情を引き締め、緩くなった俺の手からスルリと抜け出した天草さんを再び捕まえて問う。天草さんは口をつぐんで俯いたまま動かなかった。誰もいない廊下は酷く静かで、少しの物音でもよく響く。ふっと、小さく息を吐き出す音が聞こえた。それはまるで笑っているようにも聞こえる。ゆっくりと顔をあげた天草さんをみて、俺は息を飲んだ。彼女が、笑いながら、泣いていたから。

「天草さ…」

「優しいね、あなたは。」

嬉しそうに、でも悲しそうに。彼女はそう言った。儚げに笑った天草さんの目から涙が流れる。目が離せなかった。胸が苦しくなって、スルリと俺の手から抜け出した天草さんを追いかけることもできない。

「ありがとう。
もう、関わらないで。」

それだけを言って去っていく足音。
なんだよ、それ。なんだよありがとうって。なんだよもう関わらないでって……!

「クソっ!」

どうしてこんなに悔しいのだろうか。どうしてこんなに気にかけてしまうのだろうか。ただ言えるのは、天草さんのあの表情を見る度、どうしようもなく苦しくなるということだけだ。
次の日も、また次の日も、いつも屋上にいるはずの彼女は、そこにいなかった。




(優しくしないで)




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