今度は私が守る番

「詩織」

いつもの屋上に行くと、案の定、詩織はいた。膝に顔を埋めている彼女の前に立って名前を呼ぶと、ビクリと肩を震わせる

「ここは危険だ。
ゆりの命令で授業を……」

「立華さんは……?」

相変わらず顔を上げないまま、詩織が小さな声で言った。
あの後詩織は随分と落ち込んでいて、かなでに合わせる顔がないと1人部屋を出ていった。だけどずっと気になっていたのだろう。真っ先に聞かれた内容に苦笑が漏れた。

「まだ目は覚めてない。
あまり落ち込むなよ。かなでも、目が覚めてお前がそんなのだったら心配するぞ。親友なんだろ?」

「……っ」

俺が「親友」という言葉を出すと、詩織はぐっと手を握りしめ、制服に皺をつくった。小さな、蚊の鳴くような声で何かを言ったように思えて、詩織の前にしゃがみこむ。耳を澄ませると、再び詩織は「ちがう。」と呟いた。

「何が違うんだ?」

「私、立華さんの親友にはなれない……っ」

「何でそんなこと思うんだよ。」

「だって、助けてあげられなかったっ」

そう言って詩織は言葉をつまらせた。小さな肩は震えていて、泣いているのだろうと思った。

「かなでだって、お前を守りたかったんだよ。」

「でも……!」

ようやく詩織が顔をあげた。目は真っ赤に腫れていて、ずっと泣いていたのだろう。涙の跡が、ひどく心を痛ませた。

「私が行けばよかったんだ……っ、私が行けば、立華さんはあんなひどい怪我しなくてよかったのに!」

ポロポロと涙が流れていく。かなでのことを、本当に大事に思っているのだろう。それと同時に、俺たちのことも考えてくれたのだと思う。だが、それだけじゃダメだ。コイツは、詩織は、自分の事を後回しにしすぎなんだ。生きていた頃のトラウマのようなものだろう。自分はいじめられるような人間なのだからどうでもいい、とでも思っているのだろうか。

「詩織、お前は人にどう思われているか、考えたことがあるか?」

「っわ、たし……やっぱりっ」

「あー、言い方が悪かったな。別に嫌われてるとかじゃあない。
お前が怪我しても、皆が悲しむってことがわかってるか?ってことだ。」

「……え」

案の定わかっていなかったようで、詩織はぱっくりと目と口を開けた。あまりにも予想通りの反応だったので、俺は思わず苦笑して、詩織の目尻に溜まる涙を指でなぞった。

「お前がかなでを大切に思っているように、俺だってお前を大切に思ってる。
他の皆だってそうだ。
だからもう少し、自分のことを考えてくれ。」

「皆が……、私を?」

「あぁ。
そうじゃなきゃ、仲間になれなんて言わないさ。」

そうだろ?と問いかけると、詩織は思案するような素振りを見せた後わずかに頷いた。だが表情はいまいち納得していないような、信じきっていないようなものだ。これは、説得はなかなか難しそうだな。

「ごめん。」

「、何で謝るんだ?」

「……」

詩織は口ごもってうつむいた。
そろそろしゃがんでいるのが辛くなってきて、俺は詩織の隣に腰かけた。もたれた反動で柵がガシャガシャと音をたてる。

「昔、まだ生きていた頃。いじめられるようになっちゃった時に、ずっと仲良かった子が離れていっちゃったんだ。」

ポツリと、まるで独り言を言うように、詩織は話し出した。見ると、抱えた膝に顎を乗せ、じっと地面を見つめている。さっきの謝罪はきっと、俺の心情を読み取ってのことだったのだろう。俺たちを信じられなくてごめん。と……。

「すごくショックで。
ずっと仲良しだったんだ。いつも一緒にいた。
なのに、こうもあっさりと離れていってしまうんだって。友達って、そんなものなんだって。」

思っちゃって。と最後は今にも消えてしまいそうな、弱々しい声で言った後、詩織は慌てたように顔をあげた。

「あで、でも、今は皆好きだよ!
音無君も、好き。」

じっと見つめながら言われた言葉に、俺は不覚にも顔を熱くしてしまった。口に手をあてて顔を反らすと、詩織は自分が言ったことの重大さに気がついたのか、さらに慌てた様子で手をわたわたと動かした。

「あ、その、と、友達っていう意味だから……っ」

「あ、あぁ。
わかってる。そうだよな。ハハ……」

「だ、だから、人を信じることが怖くなっちゃって。
皆のことは好きだけど、一緒にいたいけど、皆の気持ちがすぐに変わっちゃうかもしれないから……」

落ち着け俺。何がそんなに恥ずかしいんだ。友達としてだろ。別に告白じゃないんだから。
俺は熱くなった頬を隠しながら「まぁなんだ、」とあからさまな照れ隠しのような、少し上ずった声で言うと、立ち上がった。

「それは口で言って出来るようになることじゃないからな。
俺たちを信じられると思ったら信じればいい。
俺もその……お前が好きだからさ。」

と、友達という意味で。と付け加えたはいいものの、あまりの羞恥心に俺は早足で屋上を後にした。だから詩織がどういう反応をしていたかなんて見る余裕もなかったし、それすら気にしていることも出来なかった。
そして何より、俺はこの気持ちに心当たりがあった。

「まさか、俺――。」






パタンと扉が閉まり、音無君が完全に見えなくなった後、私は真っ赤になっているだろう顔に手をあてた。
友達としてだ、友達として。他に何がある。ないだろう。落ち着け私、落ち着け。そうだ、そういえばここは危険なんだった。
私は大きく深呼吸をしてから立ち上がった。立華さんの所へ行こう。目が覚めた時一人だったら寂しいだろうし。っていうのは嘘で、ただ私が会いたかっただけ。会って「守ってくれてありがとう」と言いたかった。
保健室のドアをノックする。だけど返事はなくて、私は静かにドアを開けた。並んでいるベッドの1つに、立華さんが横たわっている。まだ目は覚めていないようだった。近くにあった椅子を引き寄せて、ベッドのそばに腰かける。
ぼんやりと、立華さんの寝顔を眺めた。綺麗な顔だと思った。
辺りはひどく静かだった。遠くから先生の授業の声や、グラウンドではしゃぐ生徒の声が小さく聞こえた。私も、普通に学校に通っていたら、その中に入って笑っていたのだろうか。私は目を閉じてその声に聞き入った。だから気づけなかったんだ。"彼女"がここに近づいている音に。

「今は授業中よ。」

「っ!」

聞き覚えのある声。だがその声の持ち主は私の目の前で眠っている。ならどうして。なんて答えは決まっている。ドアの方へ視線を移すと、立華さんと瓜二つの"彼女"が立っていた。

「立華さんが起きたら授業に出るつもりだった。」

「じゃあもう行っていいわ。その子は私が連れていくから。」

最悪だ。私はゆりさんたちのように武器を持っていないし、松下君のように素手で戦える訳でもない。立華さんは弱りきっている中、私がどうにかしなくちゃいけないのはわかっている。わかっているけど……っ
立ち上がって"彼女"を睨み付ける。
どうすれば、どうすれば……

「……っ立華さん、起きてっ。立華さんっ!!」

私が叫んだと同時に"彼女"は「Handsonic」を発動させた。うっすらと目を開けた立華さんの前に立って、手近にあった椅子を"彼女"に向かって投げる。だがそれは一瞬の目眩ましにしかならず、椅子は真っ二つに切られ、床に音をたてて落ちた。一瞬、その一瞬のうちに、私は椅子の影を利用して"彼女"に体当たりした。元々華奢な身体だ。一応私の方が少しだけ大きいので、"彼女"は床に倒れ込んだ。起き上がろうとする"彼女"を全体重をかけて押さえつけながら、私はゆっくりと起き上がった立華さんに叫んだ。

「逃げて!早くっ!!」

「詩織……?」

不思議そうに名前を呼んだ立華さんは、状況を理解出来ていないのか動こうとしない。その間に私は"彼女"につき飛ばされ、頭から薬品棚にぶつかった。バタバタと落ちてくる薬品に身体を打たれながら、何とか起き上がる。立華さんを"彼女"に渡すわけにはいかない。今度は、私が立華さんを守るんだ……っ
立華さんに向かっていく"彼女"に後ろから抱きつくようにして引き留める。何度も床に倒れたが、立てなくなっても足にしがみついて引き止めた。何回それを繰り返しただろうか。再び私を退かそうと手が振り上げられた時、突然"彼女"が吹き飛んだ。思わず目をしばたいて見ると、立華さんがひどく冷たい瞳で"彼女"を見つめていた。

「立華さ……」

名前を呼ぶより早く立華さんは"彼女"に向かって駆け出した。そこから激しい戦闘が始まる。私は呆然と見ることしか出来なかった。ただ、立華さんがいつもと違うことがとても怖かった。今まで身を守るためだけに戦っていたはずの立華さんが、まるで相手を倒す勢いでHandsonicを振るう。それだけじゃなく、言い表せない怒りのような雰囲気が立華さんを取り巻いていた。こんな立華さんを、私は知らなかった。ひどく遠くに、彼女がいる気がした。置いていかれてしまう気がした。

「立華さん……、立華さんっ!!」

私が半ば叫ぶように彼女の名前を呼ぶと、立華さんはハッとして私を見た。その隙を"彼女"が見逃すはずもなく、Handsonicが振り上げられる。

「っ、」

「立華さ……っ」

気がつけば私は走り出していた。立華さんがやられてしまう。頭にはそれだけしかなくて、立華さんの前に立ちはだかった私のお腹に、深々とHandsonicが突き刺さった。

「詩織っ」

「!」

何故か目の前にいた"彼女"が大きく目を見開いた。慌てたようにHandsonicを引き抜かれ、私は床に崩れ落ちた。今思えば"彼女"は私が邪魔ならこうして一時的に殺してしまえばよかったんだ。なのにそうしなかったのは、"彼女"もやはり、立華さんだからなのか。朦朧とする意識の中でぼんやりと考えながら、立ちつくす"彼女"と私を抱えて何度も名前を呼ぶ立華さんを見つめた。

「にげ……て」

「詩織……っ」

「はやくっ」

口の中が血の味一色で気持ち悪い。血が溢れ出る腹部を、立華さんが抑えてくれているが、血は止まる気配はない。どんどん目の前が暗くなっていく。焦点も定まらなくなってきて、今目を開いているのか、閉じているのかもわからない。

「たちばなさ……、にげて……っ」

「詩織っ、詩織っ!」

私は、彼女を守ることが出来ただろうか。
薄れゆく意識の中、私はそれだけを思っていた。




(今度は私が守る番)




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