大切な人のために

「っ詩織!!」

かなでの様子を見に保健室に入れば、そこはひどい有り様だった。部屋はぐちゃぐちゃに荒れ、窓は割れ、そしてベッドに寝ていたはずのかなではおらず、変わりに腹部に多量の血をつけた詩織が無造作に横たわっていた。

「この乱れようは拐われたとしか思えない。
天草さんはそれを阻止しようとして殺られたのだろう。」

直井の推測に混乱しながらも詩織を抱き起こし名前を呼ぶ。詩織は小さく唸った後うっすらと目を開けた。俺を視界にいれた瞬間大きく目を見開くと、勢いよく起き上がり慌てたように辺りを見回す。

「立華さんはっ!?」

半ば叫ぶように言った後、詩織は腹部を抑えてうずくまった。どうやらまだ傷は完治していないらしい。詩織がかなでを守ろうとしてこうなったのは目に見えていた。今にも泣き出しそうな詩織に大丈夫だと声をかけてからゆりの命令を待つ。

「天草さん、どういう状況だったか教えてくれる?」

「ぁ、……わ、たし」

ポツポツと話し出した天草の言葉に耳を傾けていると、何やらひっかかる言い方をしていることに気がついた。天使をかばっている、とまでは言わないが、大切な人を拐われたというのにどこか怨みきれていないような。詩織ならありえなくもないかもしれないが、やはり疑問が残る。ゆりも気づいたようで、天草さん。と呼び掛けた。

「何だか天使が誤ってあなたを刺した、と言っているような物言いだけど。
どういうこと?」

「それは、……本当に、私は間違って刺されたと思うから。」

「どうしてそう思うの?
彼女はあなたがいつも一緒にいる立華かなでとは違う。好戦的なのよ。」

ゆりの問いに詩織は顔を伏せた。詩織とかなでが仲がいいのは知っている。例え分身の方でも、かなでとして接してしまうあまり、そう思ってしまうのだろうか。どちらにせよ、その言い方には皆納得していないように見えた。

「私が、彼女を止めようとした時……」

それに臆しないはっきりとした声で、詩織は話し出した。いつもとは違う、そう思うと同時に、俺の手がしっかりと握られていることに気がついた。ちょうど詩織の腹部におかれていた俺の手を、詩織はやんわりと掴んでいた。いつものように俺に助けを求めているようなものじゃない。ただ、力を貸してくれと、言われているようなものだった。

「一回目は強くどかされて、薬品棚にぶつかった。その後何度も、私は彼女に向かっていった。立華さんを守りたくて……。その度に彼女は、私を蹴り飛ばしたよ。でもおかしくない?」

詩織の所々につくかすり傷やアザの原因はそれか、と皆が顔を歪めている中、詩織はそれをまったく気にしていない様子で皆に尋ねた。

「彼女が成し遂げたいことに私はかなりの邪魔なはず。なのに彼女は私を殺そうとしなかった。
最後まで、私を退かすことしかしなかった。
刺されたのだって、私が突然立華さんの前に立ちはだかったからで、彼女も……」

言葉を濁したまま詩織は口をつぐんで俯いた。それを見たゆりは小さくため息をついて腕を組む。

「まあいいわ。
天使が行った場所に心当たりはある?」

「……ごめん。」

「そう。
あなたは出来ることをしたわ。気を落とさないで。」

そう言ってからゆりは天使の目撃情報を集めようと提案した。皆が各々情報を集めに行くなか、詩織も立ち上がろうとするものだから俺は慌てて上から肩を抑えて座らせる。

「お前は留守番だ!
そんな怪我で、動けないだろ。」

「大丈夫。」

「大丈夫って……」

どう見ても大丈夫じゃないだろう。痛みに顔を歪めながらゆっくりと立つ詩織に手を貸しながら、俺は助けを求めてゆりを見た。
が、願いは虚しくゆりは肩をすくめて緩く首を降ると静かに部屋を出ていった。好きなようにやらせろってことか。確かに、この世界で死ぬことはないのだから、多少の無茶はしてもいい。だが詩織がそれで苦しむ姿を、見たくなかった。

「ぃっ……」

「!、詩織」

「大丈夫っ」

俺の手から離れて歩き出した詩織がやはり心配で、だがかなでを心配する気持ちを否定することも出来ず、俺は伸ばした手をさ迷わせた。
強く言い出せない俺の変わりに詩織の前に立ちはだかったのは日向だった。苦笑しながら詩織を止めた日向は俺をチラと見ると、「まかせておけ」とでも言うように小さく頷いた。

「だいじょう……っ」

「ぶ、なのはわかった。
けどよ、行くのはその血と傷、どうにかしてからにしようぜ。」

「……」

一刻も早く情報収集に行きたいのだろう。日向の言葉を聞いても尚、答えを渋る詩織に包帯を持って近づく。俺に気づいた詩織は振り返ると、諦めたのか視線を落とした。

「先輩先輩?」

なんとか詩織を椅子に座らせることに成功した時、ユイがくいくいと俺の裾を引っ張った。なんだ?と返せば、ユイは包帯を指差す。

「先輩がやるんですか?」

「……どういうことだ?」

「だぁって、天草先輩は女の子じゃないですか。」

「……」

言われてみればそうだ。詩織も気がつかなかったのか俯いていた顔を上げて俺を見た。生きていた頃が頃だったから、何も考えずにやろうとしてしまったが、腹部って結構際どいところだよな。

「あー、どうすっか……」

「心配ご無用!
ユイにゃんがいますよ!」

「腹はやっぱりヤベェよな。」

「ハイハイ!
私やりますって!」

「詩織、自分で出来るか?」

「え、あ……多分。」

「わ!た!し!」

「じゃあ俺達は退散すっかー。」

「……皆して無視すんじゃねぇぞコラァッ!!」

「いででででっ
ちょっ、何で俺だけなんだよ!?」

ユイの激しい主張はようやく受理され、あまりにも期待出来ないが、やらせたら満足するだろうと包帯を渡し、俺と日向は保健室を出た。やはりなかなか出来ないのだろう。耳を澄ませば聞こえてくる困惑の声に、俺たちは苦笑を浮かべる。

「はぁーっ、先輩細いですねー!」

「そ、うかな。」

「おや、先輩は着痩せするタイプですか?」

「え?
ちょっ、どこ見て……!」

と思ったら何やら詩織が危ない方向に引きずられていってないか?あきらかに女子独特の話題。そこからだんだん卑猥さを増してくるその話しに、俺と日向は顔を見合わせる。止めに行くべきか否か、俺達が声も出さず保健室に入ることをゆずり合っていると、ますます危ない声が聞こえてくる。

「ユイさっ……、ダメっ、だって……!」

「先輩はここが弱いんですねぇ?
ホレホレ!こことかどうじゃあ!」

「んんっ、ホントに、やめ……っ」

「うりうりうり、ここか?ここかぁ?」

「やぁっ!?
だ、め……、……っ音無く、……音無君っ!!」

名前を呼ばれちゃあ行くしかない。勢いよくドアを開ければ、包帯をしっかりと巻いた詩織にベッドに押し倒すようにして乗っかっているユイがいた。際どいところまでたくしあげられた制服から覗く白い肌に加え、顔を真っ赤に染め、涙を浮かべる詩織は何とも言えない雰囲気を醸し出している。目のやりどころに困るがそんなことより今はユイだ。
漫画でよくある実はマッサージやってただけでした。なんて言うベタな展開を期待していたのに、コイツは冗談抜きに詩織を襲っているじゃないか。まったく笑えない。

「何やってんだお前はっ!!」

「いやぁ、先輩があまりにナイスボディだったので襲っちゃいました!」

「襲っちゃいました!じゃねぇ!!」

語尾に星が着きそうな勢いでウインクと共に言ったユイに俺は頭を抱える。包帯が巻いてあったからいいものの、もし傷をそのままにそんなことをしていたのならユイを一発殴っているところだった。

「とりあえずお前は天草さんからどけ。」

「えー。」

「えー。じゃねぇの。」

日向に言われ、ユイはしぶしぶ詩織の上から退いた。それにほっと息を吐いた詩織は、涙を拭い起き上がる。

「ご、……ごめん」

「いや、お前は謝らなくていい。
それより早く情報収集に……」

「その必要はないわ。」

何故か申し訳なさそうにしている詩織を立たせようと手を伸ばした時、突然聞こえた声。ドアを見れば、ゆりが腕を組んでたっていた。

「もう情報は集まったから。
あなたたち、変に盛り上がってたみたいだけど、何してたの?」

「ま、まぁいろいろと。」

ギクリと肩が震えたが何とか答える。ゆりは曖昧な答えに眉を寄せたが、「一応緊急事態なんだからね」と釘をさして踵を返した。

天使はギルド内にいるらしい。怪我をした詩織を連れていくのはどうにも納得出来なかったが、詩織は待っていろと言っても断固として聞かないし、俺以外はその事について特に何も思っていないようだったので、今詩織は俺の隣にいる。

「あと、天草さん。」

今回のオペレーションの内容を説明していたゆりが、詩織を呼んだ。目を向けると、ゆりは一丁の銃を取り出した。

「念のため渡しておくわ。
使い方はわかる?」

「……だいたい。」

「そう。
あなたは天使を助け出す重要な役になると思うわ。
最後まで死なないように。」

「わかった。」

しっかりと頷いた詩織を見て、ゆりは満足げに頷いて高らかにオペレーションの開始を宣言した。

俺は銃を大事そうに両手で持つ詩織を、複雑な気持ちで見つめた。小さな白い手に収まる銃は、あまりにも彼女に不釣り合いで、正直なところ、持ってほしくないとも思った。

「音無君」

「あ、な、何だ?」

突然俺を見上げてきた詩織とバッチリと目が合い、思わずたじろいだ。詩織はそんな俺をたいして気にしていないようで、銃に目を向けると「撃てるかな」と呟いた。

「撃ち方がわからないのか?」

俺の問いに、詩織は首を振る。

「今から私がこれを向ける相手は仮にも……一応立華さんで、彼女は私を殺そうとはしなかったのに、私は彼女を……」

「大丈夫だ。」

不安げに言う詩織の頭に手を乗せる。下から見上げてくる瞳は、わずかに揺れているように感じた。どこまでもかなでが大事なんだな。こいつは。

「お前がそうしなくてもいいように、俺がお前を守ってやるから。」

「!」

詩織の目が大きく開かれた。徐々に俯いていく詩織の頭をポンポンと軽く叩くと、蚊の鳴くような声で「ありがとう」と聞こえて、俺は頬を緩めた。

「行くぞ。」

「うん。」

隣にはしっかりと前を見た詩織がいた。
待ってろかなで。必ず、助けてやるからな。




(大切な人のために)




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