親友なのに
「私は、詩織の味方になれないかしら。」
「……え」
しばらくの沈黙の後、ポツリと呟かれた言葉に耳を疑った。思わず振り返ると、立華さんとバッチリと目が合う。あまりに真っ直ぐと私を見てくる立華さんから、目が反らせなかった。
「詩織が私の味方になってくれたように、私も詩織の味方になることは、できない?」
「……っ」
どうして、そんな事を言ってくれるのだろうか。私は口先ばかりで、立華さんの味方らしいことなんてこれっぽっちもしていないのに。立華さんは、こんな私を味方だと思ってくれているのか。
今思えば、私が立華さんに何一つ味方らしいことをしてあげられないのは当たり前のことだった。誰かの味方になったり、味方になってもらったことさえない生き方をしてきた私が、立華さんに何かしてあげるなんてこと、出来るわけがないんだ。それにどうして早く気づけなかったのだろう。
「ごめん、立華さん。
やっぱり、私なんかを味方にしちゃダメだ。」
「どうして?」
「役に立たないもの。
私なんかがあなたといても、味方らしいことは何もしてあげられない。」
ましてや、嫉妬の念を抱いてしまうなんて、最低なヤツ。友達なのに、味方なのに、こんなのだから私はいじめられるんだ。
「味方らしいことをしてもらったかしてもらていないかは、詩織が決めることじゃないわ。
私が決めることよ。」
「え…」
今までに聞いたことがないような、強い口調だった。目を見開くと、立華さんはつかつかと歩み寄ってきて、私の手を掴んだ。思わず今までのクセで振りほどこうとしてしまったが、立華さんの手は離れなかった。
「詩織は私の味方よ。
そう言ってくれた時も、一緒にご飯食べてる時も、一緒に居るときも、今日だって手伝ってくれたし、庇ってくれた。
何度も助けてもらったわ。」
「でも…っ」
「嬉しかった。
詩織が味方で、友達で、よかったと思った。」
「……っ」
だから、と口をつぐみうつ向いた私を覗きこんで、立華さんは言葉をつなげた。
「私も、詩織が悩んでいるなら力になりたいと、思ったの。」
しばらく何も言えなかった。込み上げてくる何かを押さえ込むのに必死で、やっと言えた彼女の名前も、情けなく震えていた。
「何?」
「今日の夜、立華さんの部屋に行っていい?
相談したいことが、あるんだ。」
「……ええ。
待ってるわ。」
恐る恐る言った言葉に、立華さんは僅かに微笑んで頷いた。
立華さんにこの気持ちについて相談するなんて嫌われにいくようなもの……なのだろうか、やっぱり。嫌われるのをあれほど恐れていた私が、今になってどうしてこんなに思いきった行動をしようとしているのか。正直なところ、自分でもよくわかっていなかったのだけれど、こういうのを……
「親友、って……いうのかな。」
「え?」
「あ、いやっ、何でもない!」
思わず零れた言葉に慌てて口をふさいだ。
バカだ私。自惚れるな、立華さんが優しくしてくれたからって。
でも、多分初めて、やっと、人を信じてみようと思った。今まで怖くてどうしても出来なかったことが、今になってやっと、出来そうだったんだ。
私の手を引いて、前を歩いていた立華さんが振り返った時、私は羞恥で死にそうだった。もう死んでるけど。
「しんゆう?」
「ご、ごめん。
単なる独り言だから、気にしないで……っ」
「詩織と私が、親友……」
穴があったら入りたい。心臓がバクバクと音をたて、一体何を言われるのだろうと、私は掴まれていない方の手で顔を覆った。
「嬉しいわ。
親友……、私と詩織は親友ね。」
「は、え……?」
予想外の言葉に間抜けな声を上げてしまった。言うや否や立華さんは軽快に走り出した。腕を掴まれている私も必然的に走ることになるわけで、
「お、帰ってきたな。」
すぐに音無君達のところに着いてしまった。それに比例して息も乱れまくっているが……。さっき酷いあしらい方をしてしまったので、少し顔が合わせづらい。だけど彼はいつもの笑顔で迎えてくれた。
「あの、さっきはごめんなさい。」
「あぁ、気にすんなって。
ところで……」
切っても切ってもなくならない切り身に半ばうんざりしながら手を動かしていると、何だかもう職人になった気分だ。ずっとタイミングをうかがって、ようやく言えた謝罪に、音無君は笑って許してくれた。ほっと安堵の息をついたその直後、音無君はチラと立華さんを見てから私に顔を近づけたのだ。
「かなでは何であんなに上機嫌なんだ?」
「え、あ……」
顔に熱が集まるのがわかる。耳元で囁かれた言葉に答えなければならないのだが、生憎頭は真っ白でなんとか口を動かすことが精一杯だった。
「詩織?」
「あの……、えっ、と……」
「私と詩織は親友なの。」
「親友?」
顔から火が出るんじゃないかと思った。パクパクと口を動かしていると不思議そうに顔をのぞきこまれ、その至近距離にまた熱が集まる悪循環。立華さんが答えてくれなかったらどうなっていたか。
「そうか、親友か。
うん、お似合いだよ、お前ら。」
言われ、また手を動かし始めた立華さんは鼻歌まじりで、私は熱くなった頬に手をあてた。
その後、無事川の主を消費した私たちは後片付けに追われていた。量が量なので使った調理器具の多さといったら……。給食のおばさんってすごいんだな。
私と立華さんは両手に鍋を抱え、のんびりと歩いていた。特に会話はないが、沈黙は苦にならなかった。やっと水道までたどり着いたと思った時、私は暗闇から誰かが歩いてきていることに気がついた。今にも倒れそうなその影の人物がわかった瞬間、私は驚きで目を見開いた。
「ゆり、さん……?」
「!」
「ゆりっぺっ!」
私の呟きに反応した皆が、ゆりさんのもとへ駆け寄る。私は思わず鍋を落とし、立華さんの手を掴んだ。立華さんは何も言わず、手を握り返してくれた。それだけで、わずかに震えていた私の体は幾分か落ち着いた。立華さんの手は少し冷たかった。
でもどうしてこんなことに……。ゆりさんがこんな姿になってしまうなんて、相手は相当な手練れとしか思えない。
「誰にやられた!?」
苛立たしげに声を荒くする野田くんの問いに、ゆりさんは苦しそうに、だがはっきりと言った。
「……ってんし…っ」
「!」
皆の視線が突き刺さる。正確には立華さんに向けられているのだけれど、何故か私がカチカチに固まった。
嘘だ。そんなの、おかしいじゃないか。立華さんはずっと私と一緒にいたし、何より自分からゆりさんを攻撃することなんかないはずだ。だって、立華さんは、立華さんは私の――……っ
「ち、がう……立華さんじゃないっ!」
「じゃあ誰がやったって言うんだよ!!」
藤巻君の荒い声に、思わず肩を震わせた。情けない私とは違い、音無君は「かなでとずっと一緒にいた」とはっきりと言ってくれた。
だって違うものは違うもの。立華さんはそんなことしないもの。握っていた彼女の手が、わずかに私の手を握り返した。その時、
「!」
「!……なんでっ、」
ゆりさんの視線が突然上に向いた。つられて私たちも見れば、そこには信じられない人がいた。
「……天使?」
紅い目をした立華さんにそっくりな姿の女の子が、じっとこちらを見ていたのだ。何が起こっているのか、わからなかった。隣にいる立華さんと、上にいる立華さんにそっくりな彼女。2人の違いはほとんどなくて、ただ見た目は似ていても、彼女は立華さんとは違うと、頭の中で何かが警報を鳴らしていた。
「夜遊び?
なら、お仕置きね。」
冷たい声。それと共に落ちるように私たちの所へ迫ってくる彼女に、傷だらけのゆりさんが応戦した。
おかしい。こんなのおかしい。どうして、こんなことが起こってるんだ。
2人の戦いはどんどん激しくなっていく。明らかにゆりさんが押されていた。
皆が銃で一斉攻撃を仕掛けるが、まったくといっていいほど意味をなしていない。
「っ、行かなきゃ……」
これ以上ゆりさんがやられるのを見ていることは出来なかった。なんて言ったってゆりさんはリーダーだ。彼女がやられてしまってはダメだ。皆がやられても、立華さんがやられてもダメだ。私が、行かなきゃ。
走り出そうと1歩を踏み出したが、ぐいと両腕が引かれた。驚いて振り返ると、片手を立華さん、もう片手を音無君がしっかりと掴んでいた。
「何考えてんだ!!
お前が行ってどうするんだよ!!」
音無君の怒鳴り声に怯みそうになったが、負けるわけにはいかなかった。皆を避けていた時の演技力を見せろ私。
「ゆりさんがやられちゃったら……っ戦線の皆がやられちゃったら、皆が悲しむからっ!!」
「っじゃあお前は……!かなで!!」
突然片方の手が解放された。それとほぼ同時に、立華さんが私の横を走り抜ける。慌てて彼女に手を伸ばしたが、その手は空を切った。
「立華さんっ!!」
もしかしたら振り返ってくれるんじゃないか。そんな淡い期待を抱いて彼女の名前をお腹の底から叫んだがそれは叶わず、立華さんは紅い目をした自分そっくりな女の子に向かっていった。
一瞬だった。互いの攻撃が、互いに入ったように見えた。だけど、気がついた時には、私の視界は暗闇に包まれていた。
「見るな。」
何かを堪えているような、悲痛な声が頭上から聞こえた。音無君の胸に押し付けられている頭が、その震度を感じとる。辺りは静まり返っていた。
「立華さんは……?」
「……っ」
「ねぇ、音無君……っ」
今日の夜、立華さんの部屋に行く約束したのに。
私は、立華さんの味方なのに。
何度音無君の名前を呼んでも、彼は腕の力を強めるだけで、何も言ってくれなかった。
(親友なのに)
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