「え?移動の話なくなったんですか?」
「ああ、団長にも伝えてくれ」
「はい、それはいいですけど…わたし、何かやらかしましたか?」
「いんや、そういうんじゃねぇ」
「…」
「安心しろって、本当にそういうんじゃない」
「…そうですか、ならいいんですけど」
「ま、せいぜい団長の機嫌でも取ってくれ」
「…分かりました」

心配そうなせいの頭を撫でる。正直、団長の手に渡るは面白くない。それほどに彼女は良い子だと思う。





団長とお世話係
第八話





「団長」
「ん、なに?」
「わたし移動の話無くなったみたいです」
「そう」
「阿伏兎さんが伝えてくれって」
「分かった、ありがと」

せいはいつものように掃除を始める。表情に変化はなし。だから、

「ねぇ」

訊いてみる。

「何ですか?」
「もしかして、提督のとこ行きたかった?」

するとせいは不思議そうな顔をして、

「いえ、そういうわけではないですけど」
「ないけど?」
「もしかして、今回の話がなくなったの、わたしのせいかなと思って」
「?」
「何かやらかしたなら阿伏兎さんに申し訳ないなって思ってます…」
「そう」
「阿伏兎さん、疲れた顔してたから…」

そうやって、曇った顔をするから、俺は彼女の傍に歩み寄った。

「ねぇ」

振り向いた彼女が、

「何…

言葉を紡ぐ前に、その前髪をさらりと掻き分け、唇を落とす。

「…え?」

ぱちぱちと瞬きする瞳。今日ばかりは、状況が理解できずに俺の視線を受け止める。

「阿伏兎のことばっか考えてちゃダメだよ」
「…は、い…」

俺の行動に驚いたのは、彼女だけではない。俺自身もそうで、だから、

「いい子」

頭をぐしゃぐしゃと撫でた後に、すぐに部屋を出た。
バタンッと思ったよりも乱暴に閉まった扉を背に、息をつく。

「…びっくりした」

自分にびっくりだ。でも本当にびっくりしたのは、せいの方だろうか…。
さっきの彼女の驚いた顔を思い出して、その後どんなふうに表情を変えたのか気になった。嫌がられてなきゃいいけど…なんて思いながら俺は阿伏兎の部屋へと歩を進めた。せいのことで、お礼を言っておかなくちゃな。なんて、今しなくてもいい行動を取る。頭がごちゃごちゃしてきた。なんだこれ。
少し落ち着かない心臓を無視して、歩く。さっきのことを振りきるようにドアをノックした。

「阿伏兎いる?」
「いますよ」

返事を聞いて入る。

「せいのことありがとね」
「いえいえ、せっかく無理してこっちに繋ぎとめたんですから、大事にして下さいよ」
「…それがさ」
「…早速ですね…なんすか?」
「…」

ちょっと迷って、なんか阿伏兎に相談するの嫌だなぁとか思いながらも、

「さっきさ」

言ってしまう。

「はい」
「なんか分かんないんだけど、」
「はい」
「キスしちゃったんだよね…お前のせいで」
「…はい?」

言ってから、そうだったと思い出す。あれは阿伏兎のせいだった。

「…殴っていい?」

そう問うと、阿伏兎は意味が分からないという顔をして、

「いや、ちょっと待って下さい」

そう言う。でも待たなかった。

「ていっ!」
「ぐはぁっっっ!!!」

何をしているのか、自分でもよく分からなかった。





20111013

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