それからもせいの様子は特に変わらなかった。俺がちょっかいをかけるようになっただけ。髪の毛をつんつん引っ張ってみたり、いきなり抱きついてみたり。こういうのに慣れていないのか、ちょっと困ったように笑う彼女は少し可愛かった。けれど、せいはなぜだか俺と目を合わせようとはしなかった。それは、彼女と会話をするようになって気付いたこと。





団長とお世話係
第三話





「ねぇねぇ」

偶然出会った、洗濯物を運んでいたせいの袖を引っ張る。

「なんですか?」
「ちょっとおいで」

せいを誘ったのはさっき面白いものを見たからだ。せいが後ろを付いてくるのを確認して静かに通路を歩く。とある曲がり角まで来たときに、

「そっと見てごらん」

そう促して、通路の先を見せると、

「!」

彼女はびっくりしたように俺を見た。

「…修羅場?」
「そう、ああ見えて阿伏兎ってけっこう遊んでるんだよね」

そこには、阿伏兎と女が一人。それもけっこうな美人が瞳に涙を浮かべて、阿伏兎に何か言っていた。

「そうだったんですか…知りませんでした」
「でしょ?」
「でも、阿伏兎さんも困ってるみたいですね」
「そりゃ泣かせちゃってるしね」

なるほど、と何かを納得したらしいせい。しばらく阿伏兎の様子を見ていたようだけど、そのうち俺を見た。

「助けに行きます?」
「んー」

そうくるか。

「でもまぁ、どっちが悪いのか俺たちには分からないしなぁ」
「…そうですよね」
「でもちょっと面白いね」
「何がですか?」
「この状況をちょっといじってみようか」
「え?」

言うやいなや、俺はせいの手を引いて通路を歩き出した。

「ちょ!団長っ」
「しぃー、黙ってて」

そのまま阿伏兎に接近して、

「やほ阿伏兎、なーにしてんの?」

繋いだ彼女の手に力がこもったのが分かる。少し緊張しているようだ。

「あ、団長」

阿伏兎さんは少し焦った様子でこちらに手を上げる。

「女泣かせたらダメでしょ?ねぇ?」

そう言ってせいを見ると、阿伏兎よりもあたふたしていた。それに少し笑って再び阿伏兎へ、

「ほら、仲直りして」

どうせ阿伏兎が悪いんでしょ?って言えば、女の瞳にはさらに雫が溜まっていく。状況を見るに、面倒な女に手を出してしまったのは阿伏兎で、きっと阿伏兎はここらで手を引きたいのだろう。けれど、世の中そんなに甘くはない。

「…阿伏兎さん」

せいの呼びかけに、居心地悪そうに眉をしかめる。だって、せいは阿伏兎に懐いてる可愛い女の子だもの。お気に入りだものね?
しぶしぶと言った様子で言葉を零す。話に終わりが見えてきたので、俺はせいの手を引くとその場を後にした。

「お幸せにー」

うらめしそうな阿伏兎の視線に気づかないフリして、

「あー、面白かった」

そう言う。と、繋いだ彼女の手がかすかに震えていた。

「ん?」

見ると俯いている。

「どうしたの?」

覗きこんで、

「…っ」

俺は目を見張った。彼女はおかしそうに笑っていたのである。少しびっくりしたけど、すぐに安心して、

「そんなに面白かった?」

そう訊くと、彼女は何度も頷いて、

「修羅場、乗り込んだのっ、はじめて」

途切れ途切れに言った。なぜかすごく嬉しくなって、
「ね、仲直り出来て良かったよね」
「はい」

阿伏兎には悪いことしたけど、大成功みたいだ。





20111013

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