黒猫と革紐。 | ナノ



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「……それで、今夜は帰りたくないから泊めてくれと?」


へーえ、と含みを込めた声が笑う。
声の主は雪のような白い髪に弟そっくりの紅い瞳、とある知人のものだった。

昼食の時間帯に滑り込んだ近所のファーストフード店は休みを満喫している学生や休日出勤で疲れた顔をしているサラリーマンの姿などで溢れ返っており、なかなか目立つ容貌である彼と二人席に座っていても多すぎる人込みに紛れて注目を浴びることはない。
思えばあれから欲求不満を溜め込んだ結果、笑顔でどこからかロープと中身がいっぱいの紙袋を取り出してきた弟に存分に恐怖感を煽られ逃げ出した訳だが、よくよく考えてみると男二人で寂しくポテトをつまむというのはあまり楽しいものではない。携帯の電話帳を片っ端から探った挙げ句奇跡的にフリーだったのがこの怪しい知人一人だったというのもあるが、それにしても彼しか掴まらないとは思わなかった。

そして当のブレイクはというと急に昼食に誘われて嫌な顔をするでもなく、むしろ楽しそうな表情で指に付いた塩の粒を舐め取ると、


「君も随分大胆なことをさらっと言ってくれますネェ」

「は?」

「いやー、残念ながら一人暮らしに客用の布団なんてナイものでして。ここは仕方ないですから二人で寝ましょう、一緒に」

「………、」


───あえて言葉の一番最後に一緒にという単語を乗せてきたところを見るとこの男の家も安全圏とは言い難いらしい。
そういえばこいつも弟と似たり寄ったりな性格をしていたんだった、と今更後悔が頭を駆けていくがそれもそのはず。当初は女系家族であるシャロンか伯父と妹、居候の少女とともに暮らしているオズの家を訪ねるつもりで、この知人にはそもそも電話を掛ける気すらなかったのだ。

しかしシャロンの居るレインズワース家は旅行、オズのベザリウス家は伯父が休みも家に帰さないのは単なる監禁だと騒いで妹の学校に不法侵入し、妹であるエイダを無理矢理脱走させようとして捕まったのをこれから警察署に引き取りに行くとかで結局両家族とも掴まらなかったのである。

(ったく……大体あいつが妙なことをしようとするから…)

しばらく向かいの不審な言動を無視しながらLサイズのポテトと格闘していたが、甘いものが欲しくなったと席を立った後ろ姿を見てやっと気が抜けて煙草を一本シガーケースから引き抜いた。隣が禁煙席だが一応ここは喫煙可である。
苦い煙を吐き出すと、それとともにここに至るまでの行動がゆらゆらと蘇った。

(でもまあ……オレも大人げなかったか…?)

改めて思うとまだ注文はしていなかったようであるし、雑誌を破り捨てるまでしなくても良かったかもしれない。
けれどこうして逃げてきてしまった手前、そう簡単に戻ることが出来ないのが人間というものだ。


「はあ……」

「ため息は幸せが逃げるらしいですよ?」

「ぅおわっ?!」

不意に耳元へ含みの込められた囁きが聞こえ、危うく手に持っていた煙草を落とすところだった。

「……ブレイク」

「いやあ、意外に混んでまして。でもここのクッキーアンドクリーム、店舗限定なだけあって美味しいですヨー」


食べます? と店の人気商品らしいクッキーとアイスクリームを混ぜて大きなカップに詰め込んだ代物をぐっと目の前に押しつけられる。
甘党なこの男はただでさえ甘いこのアイスクリームに追加でトッピングを色々と持ってきており、色とりどりなチョコレートのカラースプレーや砂糖をまぶしたコーンフレークがごてごてと乗っかったそれは見ているだけで胸焼けを起こしそうだ。おそらく遅れたのは人込みではなく店員いじめみたいに追加を盛りすぎた彼のせいだろう。

謹んで遠慮させてもらうと、少し残念そうな顔でブレイクはやっと席に着いた。
いい加減世界の全てが自分と同じ極度の甘党だという認識をどうにかしてほしい。


「……で、この後ですケドどこかに寄ります?」

「え?」

白い灰を落とし、ぼうっと意識が飛んでいた頭に急に声が入る。

「ほら、いくら何でも私の家に直行じゃあつまらないでしょう。最低でもDVDとか借りとかないと本当に何にもないですヨ」

「…そうだな」


現在、ほとんど着のみ着のままで財布ぐらいしか荷物が無い状況である。ブレイクの言う事も一理あるだろう。
だが、じゃあレンタルショップに行くかとまだ半分ほど残っている煙草のフィルターを噛み潰し、立ち上がると視界の端に見慣れた金髪が過ぎた気がした。
朝見たまま所々寝呆けたように跳ねている手入れの行き届いていない髪。好んで着ている暗い色のタートルネックのインナー。

「……?」

「どうかしました?」

「いや……」


気のせいか、と首を振ってトレイを持ち上げる。
大体行き先も告げずに家を出たのだ。普段からこもりがちな彼がわざわざ自分を探しに来る訳もない。

(そうだ……来る訳ない、よな)

しかし、自然と視界の端が金の髪を追う。
人込みに苦戦しているらしいそれはまるで何かを探すように忙しなく、そしてどこか不安そうに見えた。



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