黒猫と革紐。 | ナノ



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それは、まだ起きてから間もない朝の事。
寝呆けて霞む目を擦りながら洗面所に向かうべくリビングに足を踏み入れると、そこには一足先に起きていたらしい弟の姿が大きな本と睨み合っているところだった。


「………、朝から何をそんな真剣にやってるんだ?」

「あ、おはようギル」



ふっと金の髪に縁取られた端正な顔立ちが本から逸らされ、こちらを向く。
彼が持っていたのはなんてことのないただの通販雑誌だ。表紙には今流行りの可愛い顔をした女性タレントがすらりとした手足を伸ばしてポーズをとっており、見た目にも分かるが女性向けのグッズが豊富に載っている。
普段はその分厚い通販誌に寿司のガリのごとくついてくる男性向けの雑誌しかチェックしないのだが、今日に限って弟はメインの雑誌を真剣そうな眼差しで見ていた。

「…服でも買うのか?」

「ううん、服じゃなくて家具」

「家具…?」

よく見ると彼が開いているのは一人暮らし向けに特集された収納家具のコーナーだ。
見出しは『可愛くスッキリ・今ドキ女子の収納アップ術!』。術と言いながら商品を全面に押し出すキャッチコピーはともかく、フルカラーの紙面には案の定男二人の部屋には到底似合わない可愛らしいデザインばかりが並んでいる。

「一体何を買おうとしてるんだ……」

「ああ、寝室にチェストがあったら便利だなあって思って」

「はあ?」

便利だなあ、と言われてやっと半分寝ていた頭に疑問が浮かぶ。
この家は二人で借りた3LDKの間取りで玄関から廊下を挟んでそれぞれの部屋、リビング、隣の部屋が寝室という作りになっているのだが、洋服や小物は自分達の部屋に置くことになっているし、いまいち寝室に収納家具を置く意味が分からないのだ。

その旨をヴィンセントに伝えると、彼はさらに意味の掴めない答えを返してきた。


「だってほら、僕の部屋にあったら使いたくなったときに使えないじゃない」

「何を……」

───使うんだ、と、聞かなければ良かった。

その問いに対してヴィンセントは少しだけ間を置いて(あくまで)可愛らしく小首を傾げると、



「…何って、こういうのだよ……?」

「………、」


───実物を出されていたら、多分殴っていたと思う。
いや、もう理由の如何を問わず殴り倒して橋の下にでも捨ててきたいと思ったほどだったが、それを踏み留める事が出来たのは示されたそれがまだ表紙の時点で済まされていたからだ。たとえ一ページでも捲られて眼前に突き付けられていたら迷わずその色々足りない頭を殴っただろう。

目の前にひらひらと踊っているのは───いわゆる、アダルトグッズのカタログだ。
表紙は黒地に派手派手しく紫の太字。商品の写真を貼りつけない辺りはまだ編集の配慮だろうか。

「……おい」

「こういうのってさ、ほら、突然使いたくなるでしょ? 兄さんもたまにそうな……」

「なるかそんなものッ!!」

「えー…」


一応、世間はどうだか知らないが雑誌を掲げるこの変態は自分の弟兼恋人ということになっている。それに関してはまあ人間の感情に性別は関係ないのだということで構わないのだが、問題は二人とも成人しているので自然とそれなりのもの(少なくとも寝室に一つしかベッドが無い程度)になっている付き合いの、その役回りだ。
要するに兄である自分の方が受ける側、なのである。

兄としてどうなのかはともかく、少々アブノーマルな弟の趣味の被害を被るのはいつもこちらだ。


「でも今使ってるのだけでも結構かさばるし………あ、ギル、これ新作だって。可愛いなあ」

「欲しい訳あるかっ! 何なんだこれは?!」

「ん、猫耳付き尻尾セット。似合うと思うよ…? ちょっとリアリティーないけど尻尾はちゃんとバイ───」

「そんな事を聞いてるんじゃない!」

今ある、ではなく、今使ってる、と現在進行形なのがポイントなのだが、この馬鹿は自宅をどこぞのラブホテルにでもしたいのだろうか。しかし聞いたら聞いたで笑顔で頷きそうなので恐ろしくて聞けなかった。
とにもかくにも、今ここで将来の被害を未然に押さえるために兄として出来るのは一つだろう。


「………、今日は古紙回収だったな……」

「あー…!」


べりべりべり、と紙の破ける音が響いた。
古紙回収ではなく燃えるゴミで良いかもしれない。ヤギでも可だ。



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