さよならのあと

※やや流血表現あり








唐突に蘇ったのは中学生の頃の記憶だった。

毎日がドタバタと過ぎていた。

家ではリボーンとランボとイーピンがフゥ太が止めるのも聞かずに大暴れ、学校では獄寺が山本と綱吉を巡っては騒ぎを起こし、振り回されてばかりの日常。
それに輪をかけて綱吉を脅かしていたのが、並中の秩序を名乗る風紀委員長だった。




(参ったなあ)


もう痛みさえ感じなくなっていた。
綱吉が押さえる右の脇腹からはとめどなく血が滲んでいるのだ。

「じごうじとくか」

狙撃を受けたのは人気のない通りだった。
相手は即座に始末した、と思う。
無意識下での行動だった。


安易に出歩くな!
リボーンは、綱吉が次世代のボスとして場を取り仕切るようになってからしつこく言い聞かせていた。


(リボーンに殺されるな…いや、その前に)

(死にそう)

歩こうとして2歩ほど踏み出したところでよろめき、綱吉は路上にうずくまった。
急激に血液が失われていくせいで、もう立ち上がる気力も湧いてこない。
なにもかも今は遠い。

すぐそばで緞帳が降りる気配がする。

最期に見るのが乱雑に不要品が積み重なったゴミ箱だなんて事は頂けないので、綱吉は目を伏せた。



「どうしようもないな」

難しい顔をして、ひとりの少年が綱吉を見下ろしていた。
黒い髪と真っ黒い瞳。
十年前の、雲雀恭弥だ。

同じく十年分幼い綱吉は背丈が今よりはるかに低く、その上小さく縮こまって、彼の顔色をうかがっている。

色白の肌に、黒々と長いまつげ、むっすりとへの字に曲げられた朱いくちびるの形、何もかも懐かしい。

「何か言うことは、」
「すみません…」

応接室に呼ばれて睨めつけられて咬み殺されて、そんなこと何度あったか知れないからいつの記憶かは分からない。

「………おいで」

だが頑なに組まれていた腕を解くと、彼はやや強引に綱吉の肩を引き寄せてきて、綱吉は甘えるようにしがみついた。

出逢ってしばらく時が過ぎてから、綱吉と彼はお互いを特別に扱うようになっていたのだ。

愛すべき、頼れる年上のひと。
庇護の必要な小動物。

そんな関係を人知れず築いて十年が経った。



(これで終わんのか)

心残りはないと思った。


(あなたは多分、俺を赦さないんだろうな)


綱吉は、冷たくなった自分のからだに触れる雲雀の指先を想像した。
それはかすかに震えているかも知れない。
きっと誰かの前で綱吉を悼んだりはしないだろうけれど。
綱吉を責めながら、己が泣いてることに気付きもせず泣くのだろう、あのひとは。

自分のためだけに、うつくしい頬に透明の雫を流してくれるなら、この世になんの悔いもなかった。



「にんじん…」

久しぶりに雲雀が手料理を振る舞ってくれると言うものだから期待していたのに、テーブルの真ん中には綱吉が好きでない煮物と麦飯が鎮座していた。

「何か、文句でも」

エプロンの紐をほどき、威圧的に微笑むそのひとには逆らいがたい。

「きみの健康を考えたご飯だよ」
「はあ」

綱吉は苦笑いで煮物に箸をつけた。

「美味しいだろう?」
「…はぁ…まあまあです」
「没収しようかな」
「嘘です、うまいっす(まあまあ)」

あれが二人きりで過ごした最後の食卓になるのだったら、あのひとの手料理を美味しいと言ってガツガツ食べてあげれば良かった。

雲雀が綱吉の苦手な物をワザと作った理由を知っていたのに。
時折、綱吉の縁談がふってわいた後に雲雀の仕草がほんの少しギスギスする事に気がついていたのに。

こんなことになるまで、雲雀を安心させるような甘い言葉ひとつすら、言わなかった。
ひとつしか歳の変わらないあのひとに甘えて寄りかかっていたのだ。


「ごめんなさい」


もしまた会えたら。
あのひとになんて言おう。

謝罪も感謝も受け付けないひとだったが、その実、こころに全てを沈み込ませているようなひとだった。




気がついたら、見慣れた私邸に綱吉は居た。

「どうしたの、死に損ない。早く座れば?」
「雲雀さん」

白のテーブルクロスに、ヴィンテージワイン一本とワイングラスが2つ。
お洒落で手の込んだ料理の真ん中には大きなハンバーグ。

いつものようにエプロンを外す雲雀は仏頂面だ。

「うわぁ豪華〜!雲雀さんがワインを選ぶなんて珍しいこともあるもんですね」
「きみの全快いわ…、いや、うっかり死に損なった間抜けなきみを笑うための晩餐会さ」

そりゃあ、料理だって凝りもするだろ。

綱吉が破顔すると、雲雀はようやく、ふっと頬をゆるめた。

「料理が冷める。食べよう」
「その前に、ひとつだけっ」

縋るようにその体を自分に向かせ、綱吉は勢い込んで言った。

「俺はボンゴレを潰します!」
「うん」
「そのあと。もしね、もし…あなたがイヤじゃなかったら…」
「うん」
「ふたりだけで暮らしませんか。どこか遠いところで」

綱吉は命拾いして「今しかない!」と真剣そのものに告げているのに、雲雀のほうはもうひとつそれを理解していないらしい。
きょとんとまばたきをして、首を傾げてみせる。
この仕草は中学生の頃から変わらないようだ。

「夢見がちだね」

「そ…そうですか?」
「うん。あとで後悔するようなことは言わないことだよ」
「後悔なんかしませんよ!俺が死にかけた時どれだけあなたにこのことを伝えなかったのを悔やんだか、知らないでしょう」

ギュウと抱き締めても、雲雀は大人らしく綱吉の背中を撫でるだけだった。

「すきです」
「ばか。死ねば良かったのに」

人の告白にこれはない。
綱吉はますます雲雀を抱く腕のちからを強めた。

「僕が本気にしてからじゃ、遅いんだよ」
「了解済みです。サッサと頷いてください」

ふふ、と楽しげに、静かに、雲雀が笑う気配がする。
なだめるように綱吉を撫でていた彼の腕がしっかりと背中に回された。

良かった。
ダメダメな自分だけれど、このひとだけは幸せにしなければ。



「…………」

白のテーブルクロスもワイングラスも無い。
曇った視界にうつるのは不要品が乱雑に積まれた路地裏のゴミ箱だ。

「………」

抱き留めたやさしい感触はなく、冷たい地面に頬がついていた。
とっくに感じなくなった痛みの代わりに、ただ寒かった。

(ああ…)

わかっていた。
今まで散々、他人を傷つけてきた自分にあんな夢みたいな幸福が降るはずがなかった。

綱吉は自嘲気味にくちびるの端をあげる。
意識が急速に、暗がりに包まれ、やがて眠りについた。

















「おい、くそボーズ。俺がわかるか?」

起き抜けにおっさんのアップ、というのは最悪な目覚めである。
無精ひげだらけのそいつは、確か女の治療しかしないとかほざいていた医者ではなかったか。

「Dr.シャマル…、あれ………、……………生きてたんすね…」
「死なせるわけねーだろ、お前が泣いて頼んでもな」
「いや、俺じゃなくアンタのことです」
「オイオイひでーな」

身じろぎすると脇腹がひどく痛む。
綱吉は呻きながら病室を見渡した。

「!!」

はっ、と目を部屋の扉近くに視線をやって…それから。
何も見なかった事にして、しばしまぶたを伏せる。

真っ黒い髪と同様に真っ黒いスーツを纏ったスラリとした背格好の青年が腕組みをして、こちらを氷のような眼差しで見ていることなど、自分は全く気がつかなかった。

「ボーズ、寝たふりすんじゃねーよ。あいつがとんでもねえプレッシャーかけてくるせいで俺が男なんぞ治療しなきゃならんかったんだぞ」

シャマルの背後から立ち上るのは殺気、それも混じり気のない純粋な―――
まぎれもなく、彼は怒っている。

「じゃ、暴れん坊主。お前さんからの依頼はこれにて完了だ。あとは好きにやんな」


あ、おいてかないでシャマル…

綱吉は喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。

「今度、部下の可愛いコちゃんでも紹介してくれよ」

彼の部下が全員いかついリーゼントの男たちであることも知らずにシャマルは去ってしまった。


「やぁ」

意識朦朧となって体験した幻で雲雀は綱吉を「夢見がち」と言った。
それは本当だった。

ベッド脇に立って綱吉を見下ろす雲雀には、一滴の涙どころか喜びの欠片すらなかった。
現実など、こんなものだ。


「何か言うことは、」
「すみません…」

どうして九死に一生を得た後に絶対零度の視線に晒されねばならないのか…
綱吉は目頭が熱くなった。

「赤ん坊が君によく言っていたね。ひとりで迂闊な行動はするなと」
「はい…」
「自業自得だよ」
「はい…」
「どうしようもないな…」

雲雀が、右手に嵌めた指輪をついっとなぞる。

「…雲雀さん、血のにおいがしますね」

お仕事のあとでしたか、と問いかけて綱吉はハッとした。
雲雀は目ざとくそれに気がつき、優美に微笑んだ。

「君が目覚めるまで、丸二日。ひとつの組織が滅ぶのには充分な時間さ」

綱吉の狙撃を計画した男どころか、そのファミリーの末端すら、もう何処にもいないのだろう。
長いまつげに縁取られた漆黒はあくまでも穏やかだったけれど。

「俺、…雲雀さんの焼いたハンバーグが食べたいです」
「しばらくはお粥で我慢しな」
甘えるように言ったら、もう睨み付けたりしないで、彼の手のひらは綱吉の髪をさわさわと撫でた。

相変わらず、扱いは小動物並みで、この力関係は揺るぎそうにない。
プロポーズなど、夢のまた夢だ。

「よく、生きて戻ってきたね」

ぽつんと雲雀が呟いた。

「雲雀さんに、会いたかったんです」
「甘えん坊。僕をおいていくなんて100万年早い」

せめて傷が治ったらこのひとをうんと高く抱き上げよう。
そうして、今度は真っ正面から口説いてみよう。

それができる。

(だって、俺は生きているんだから)





「甘えん坊」

片手でネクタイを引っ張りそのにおいを嗅いだら、雲雀はもう一度そう言った。
心地良い低音に、綱吉は身を任せた。

さよならの前に、告げる言葉を噛み締めながら。







おわり








綱吉しねたでも良かったけど、うちのサイトでそれはやらない

読んでくれてありがとうございました。






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