花火よりも







「週末、花火でも見に行こうか」








『…………えっと』



「え」




珍しいことに休暇が取れたというのと、丁度その日は貴族街の方で大きな花火が上がること、
さらには下町からでも十分に見えるらしいので、幼馴染みであり恋人でもある名無しを誘った。




最近は騎士団での仕事が忙しく、名無しには随分と寂しい思いをさせていた。

だからこそこの誘いは喜んで受けてくれるのだろうと思っていただけに、あの反応のショックは大きい。





「何か予定でも入ってた?」

『ううん』




「僕と会うのが嫌?」




それはないと思う、

というか、思いたいんだけれど。




すると名無しは急に立ち上がって声を張り上げたので、僕も思わず姿勢をピンと正してしまった。




『ちっ違うよ!
ただフレンの貴重な休日を潰しちゃっていいのかなって思ってただけ!』


「潰すって…僕はその時間を名無しと過ごしたいから誘ってるんだよ?」




すると名無しはピタリと一度制止した後、ゆっくりと椅子に座った。





『…う、あ、嬉しいけど……フレン、よくもそんな恥ずかしいことを…!』




そう言って名無しは自分の顔を両手で覆った。

僕は僕の思ったことを言っただけだというのに




「そんな顔されると僕まで恥ずかしくなってくるじゃないか…」





思わず僕も名無しに向けていた視線を外した。





名無しはかなりの恥ずかしがり屋で。


そんな所も全部含めて愛しいのだけれど。









「それじゃあ週末にね」

『うん、楽しみにしてる』







「ああ、僕も」








――――――――
―――――
―――








名無しとの約束を楽しみに日々を過ごしていたからか、週末はあっという間にやってきた。



本当は名無しの家に僕が迎えに行く予定だったのだが、何やら用事があるらしく、箒星で待ち合わせになった。

箒星に向かう途中の下り坂を下っていると、よく見慣れた姿がそこから出てくるのが見える。






「お、フレン」

「あれ、ユーリ。箒星に居たんだ?」




「ああ、夕飯食ってた」



「名無し、居なかった?」


「ん?ああ、居たぜ。少し話して聞いたけど見に行くんだろ、花火」




「ああ。ユーリも一緒にどうだい?」




するとユーリは一瞬動きを止めた後、その表情は苦笑いへと変わる。




「…おまえも名無しも同じこと言うんだな」


「そりゃそうだろう?僕達は幼馴染みなんだから」





「そうだけど」



「けど?」





何か言いたげなユーリに問えば、ユーリは口端を上げて僕の肩に自分の腕を置いた。






「…そうじゃねぇだろ?」





じゃあな、
とユーリは僕の次の言葉を待つことなく自分の部屋に続く階段へと登って行った。






「そうじゃない、か」







バタン!




「!」


『あっフレン!やっぱり居た!』




ユーリと僕の声が聞こえたからと名無しが扉を開けたのだが、その時、蝶が一斉に舞ったように見えた。

…というのも、僕の目の前には浴衣姿の名無しが居たからだ。




『…へ、変かな』




女将さんに着付けてもらったのだと頬を赤らめて照れ臭そうに話す名無しは、なんというか、

とても、




「いや、すごく可愛い。似合っているよ」

『あ、ありがと、』




すると名無しはまた顔をほんのり赤くした。




そんな可愛い姿の名無しを周りに見られるのが嫌で、一瞬広場に行くことを躊躇ってしまったという独占欲の強い自分に思わず苦笑い。






「それじゃ行こうか」


『うん!』






「名無しー!」




噴水のある広場まで行くと女将さんの息子、テッドが僕達の所に駆け寄って、名無しに飛び付いた。






『テッドもここで観るんだね』

「うん!ここでも十分見えるんだってさー!名無し、浴衣可愛いね!」



『わあっありがとう!』

「人も多いんだしフレンは名無しから目、離しちゃだめだよ!」



『え』



「だって名無し、すぐ迷子になるでしょう?」



『そ…っそんなことないわよ!失礼ね!』

「えー?フレンもユーリも前に言ってたよー?ね、フレン」



「そうだったね。忠告ありがとう、デッド」



「うん!それじゃね!」




にへらと笑ったテッドは再び友達のもとへと戻って行った。




『フレンまで…私、迷子になんてならないよ…っていうか育った場所で迷子って…』





勿論はぐれる危険性もあるけれど、目を離せないのはまた別の話であって。

今日この広場には普段見慣れない顔も多々あって、名無しに向けられている多くの男の視線が気になるのだ。

そんな視線に全く気付かない名無しは、花火楽しみだね、なんて言うのだからそうだね、と、そう返すことしか出来なかった。




無自覚って恐ろしいよ。





「名無し、手繋ごうか」

『へ?』




「迷子になったら困るからね」




『だからならないってば!』




馬鹿にしないでよ!と、名無しは僕と繋がっていた手を振り払った。



それじゃあ、
言い方を変えようか。




「僕が名無しと手を繋ぎたいんだけど」






『……は、い、』




すると名無しは顔を赤くして、僕の手にその指を絡めた。




「はは、」

『なに?』




「うん?可愛いなーって思ってね」




『………!?』





人前でそういうこと言わないでよ!

そう言ってそっぽを向いてしまった名無しに軽く謝れば恨めしい目で僕を見た。



まだ、その顔は赤い。



間もなくして空が明るくなったと思ったその直後、大きな音が続いた。


ド――――――ン!





下町全体が一気に沸くと同時に、夜空には次々とおおきな花が咲く。






『フレン!』



「、わっ!」





一緒に空を見上げていたら、急に左側に身体がよろけて名無しに手をグンと引かれたことに気付いた。





『ね!大きい花火!すっごく綺麗だよ!!』




「ああ、本当だ。うん、綺麗だね」






繋がれたその手はそのままで




僕は、目をキラキラ輝かせて夜空を見上げる君を見ていた。
























(そう言ったら君は顔を真っ赤にして、怒るのだろうね)

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仕事もしなけりゃ花火も見ない隊長。せめて見ろし(^q^)
ユーリ花火夢のフレンver.です。
ユーリは絶対空気読める子だと思う。

20120819.haruka

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