待つ側のキス





のどかなこの町にはあまりに似合わない、
そんな言葉が響いた。




『こんの…浮気者ぉぉおお!!!!』





「名無し!?」

「…まあ」




僕に背を向けて遠く走り去って行くのは

僕の恋人、名無し。




第三者から見ればこの状況はただの修羅場であって、僕は「違う、誤解だ!」等とありきたりな台詞を吐いて彼女を追いかけるべきなのだが、僕は彼女を追いかける事が出来なかった。





何故なら、今、僕の隣には別の女性がいたから―――――。





時を遡ること数十分、町の見回りをしていると随分と顔色の優れない女性に出逢った。

年齢は僕より上、20代後半といった所だろうか。



話を聞けば、ここ最近続くあまりの暑さに具合を悪くしたとのこと。



軽い熱中症を起こしている可能性もあるので、風の通る日陰に移動させ、すぐに冷たい飲み物を用意して渡すと段々と女性の顔色は良くなっていった。





「ありがとう、だいぶ良くなったしもう帰れるわ」





本人は大丈夫だと言ったのだが、歩く足は覚束ない。




「心配ですし家までお送りします」




そう言って、僕は彼女の荷物を受け取り、さらに彼女を背負った。



そんな騎士様に迷惑は掛けられないと言われたが、困っている人を助けてこそが騎士だと思う。



というか、目の前に居る困っている人を助けないで何が騎士だとも思う。
そして彼女の家に着いた頃には、初めに会った頃の表情とは全然違って本当に良くなっていた。




「本当に助かりました。お時間がありましたら家でお茶でも飲んでいかれませんか?」

「いいえ、お構いなく。それでは私はこれで失礼致します」



彼女に一礼をして背を向けて歩き出すと 待って、 と腕を引っ張られたので今一度彼女の方へ向き直した。




「あなたみたいな騎士様も居るのね。なんだか安心したわ」


「いえ、僕はただ当たり前のことをしたまでです」




「ふふ、私そういう謙虚な騎士様が好きよ。本当にありがとう」



「え、」





ふいに、頬に何か生温かいものがあたって、それが彼女の唇だと気づくのにそう時間は掛からなかった。






そして、神様というのはとても意地悪なもので、そこにたまたま名無しが居合わせた、というわけだ。





勿論女性の方に悪気はなく、ただの感謝の気持ちのつもりだった、恋人の存在等考えなしに軽率な行動だったと、ものすごい勢いで謝られたのでこちらとしても怒る気にはなれなかった。










「よ、浮気者」






「…何が言いたいんだ、ユーリ」


「いーや、別に?」





名無しの向かう場所は言わずもがなもう一人の幼馴染の所である。



僕たちのお馴染みの場所である下町の噴水の所で、事情を聴いたであろうユーリは先程名無しに放たれた言葉を早速僕に向けて使ってきた。



その名無しと言えば、ユーリの胸に収まっていて顔を見せてはくれない。




「名無し、あれは誤解なんだよ、彼女も悪気があってやったわけじゃない。だから顔を見せてよ」




そんな僕の言葉も空しく、直ぐに嫌だと言うかのようにユーリの胸元で首を横に振るので思わずユーリも僕も苦笑い。




「あのさ、オレが口挟むのも野暮かもしれねーけど、」



名無しの頭を撫でながらユーリは続けた。




「名無しがフレンじゃない別の野郎を助けて感謝を込めてキスをされた場合、おまえはそれを「はいそーですか」で済ませられるか?」



「そ、れは…」




ユーリから思いもしない言葉を受けて思わず動揺する。



そんなの、きっと僕は許せない。


許せないって誰を?

その人を?名無しを?



許せないけれど、その怒りの矛先をどこに向けたらいいのかがわからない。これはただの妬きもちなのだから。



「おいおいそんな怖い顔すんなよ。現実に起きてねーんだから。もしもの話だよ、もしも」

「あ、あぁ…」




「けど、それと同じことをしたんだよ、おまえは。勿論フレンが全部悪いってわけじゃねーけどな」

そう言ってユーリは苦笑いした。




「ご、めん、名無し。僕が君の立場になったら今の名無しの気持ちと全く同じになった…不安にさせてごめん」




すると僕の声が届いていたのか、名無しは再びユーリの服を両手で強く掴んだ。




「…ほら、フレンも反省してるしそろそろ許してやってくれないか、名無し」




再び名無しの頭を撫でて名無しの顔を見たユーリは、生憎フレンに貸す胸はないんだよ、と冗談を吐いた後に


だからフレンの顔をちゃんと見てやれ、


そうユーリが言えば、目を真っ赤にさせた名無しがやっと顔を上げて僕と目を合わせてくれた。





『困っている町の人を助けるのは当然だしフレンが悪くないのはわかってるの。ただ自分の小ささに嫌気がさしただけ』



「名無し、」



『ごめんね、フレン』




名無しは立ち上がると、ユーリにトンと背中を押されて僕の前へと来た。



そっと両手を広げれば、名無しもゆっくりと近づき、やがて僕の腕に収まってくれたので強く抱き締めた。






『ユーリ。一緒に居てくれてありがとね』

「いーってことよ。フレンは天然タラシだから苦労するよな」


「………」




どういうことだよと言いたかったが、今回はユーリが居てくれて助かったので言い返すことを辞めた。



「よっと」


『わっなに!?』




するとユーリは名無しの頭に自分の顎をのせ、さらには両手で名無しの両耳を塞いだ。




「フレン、名無しはオレの大事な幼馴染でもあるんだからな。理由はなんであれ泣かすなよな」



「すまない、わかったよ」


「本当にわかってんだか」







「当たり前だろう。君に殴られるのはごめんだからね」

「はは、そっか。なら安心だ」





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―――――――






『ねぇ、最後に何話してたの?ユーリに耳塞がれて聞こえなかったんだけど…』




名無しに聞かれたらまずい話でも何でもなかったが、言ったユーリ本人が名無しの耳を塞いだんだ、それを言ってしまうのこそ野暮ってやつだ。





「うーん、秘密かな」

『ふーん?』



名無しもそれ以上聞くことはしなかった。




『フレン』

「ん?」





『私もフレンにキスしたい』




「はい?」



予想外の名無しの発言に思わず立ち止まる。



『だって知らない女性にされてたじゃない。だから私からもしたいの』



小さな妬きもち。

なんとも彼女らしい。




「ああ、うん、じゃあ、してもらおう、かな、」




いつもキスをする時は自分からしていただけに、それを待つというのは意外と恥ずかしいということを初めて知った。






キスをしやすい様に屈んで目を閉じれば、

頬ではない、唇の方に名無しの唇を感じて僕は目を見開いた。








「え、あれ?頬じゃなかったんだ?」




僕が女性にキスをされたのは頬だったので当然頬にキスをされると思っていた。





『んー頬にしようかとも思ったけど唇は恋人の特権ってね!』



「そっか」





にこり。

そう笑う彼女はとても可愛らしい。










今度は僕からその唇にキスを返した。













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フレン夢です。フレンと喧嘩したら絶対ユーリが仲裁に入ってくれると思う^^そしてユーリの胸に飛び込みたい(^q^)フレン夢です(大事なことなので2ry)

20120717.haruka

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